Trick or treat? - Jaina
「ふぁ……っぷ」
外が晴れたのを確認し、船室から出て一度伸びをする。そして、同時に襲ってきた軽い吐き気に、伸びた体を逆に折り曲げて耐えることになった。さっき僕よりも先に甲板に出ていたカームが、呆れたように声を掛ける。
「まさかあんくらいの揺れにやられたんか。お兄ちゃん超カッコ悪ーい」
「うっせ。あー気分わりぃ……」
船の縁にある手摺りに寄りかかって、ずるずると床にへたり込む。
頭ぐらぐらする……気持ち悪いの引きずってるー……。そのまま横目で見ると、船の上に打ち上げられて微妙にしなびてるしびれくらげを海に向かって力一杯蹴り飛ばしてカームはニカッと笑った。
「少年、軽いノリで命を粗末にするな。そしておはようジジイ」
僕に続いて出てきたエリーがいつもの軽い調子で罵る。
「うっせ。あー気持ちわりぃ……」
10月31日。馬鹿みたいに時化た次の日の、間抜けなくらいに晴れた朝だった。




   * * * 




「「ハロウィン?」」
「あー、えっと、そうそれ。……もしかしてさ、知らないとか?」
「「知らない」」
それは酔いも収まってきて、ようやく普通に話が出来るようになった僕が、テーブルで『ハロウィン特集〜お菓子のもらえる衣裳はこれだ〜』を捲ってたときだった。
「アリアハンにそんな風習あったっけ?」
「流石に王様がカボチャおばけのカッコしてんのは見たことねぇな」
カームはエリーの問いに首を傾げて答える。そのページには、ポルトガ王が目と口をくりぬいた橙のカボチャを被り、魔法の杖を持ち、何やらどことなく威張って立ってる挿し絵があったからだ。いつの雑誌かは忘れたけれど、正直この国はこんなんで大丈夫なのかって不安に駆られる。
「イタい王様だねぇ」
「言うなエリー。悲しくなる」
よりによってこのページを年下2人に見られたことを後悔しつつ、僕は雑誌を閉じた。
「ま、今までしんどいことがあった分1日くらい騒ぎましょうってお祭だよ。起源はというと、」
「あーあーもう言うな鬱陶しい。……ちょっとソレ貸せジャイナ」
「あん?」
「なんかそのハロウィンっての、面白そうだ。見せろ」
両手を前に広げ、「くれ」ってポーズをするカームに疑いの目線を投げかける。

……お前顔がさぁ、裏路地で番犬に爆竹投げてたときと同じなんだよ。

なんか企んでるの、丸見え。僕はそれを胸に抱き、断固として拒否した。
「何する気だ」
聞くと、とぼけた振りをしてカームはそっぽを向いて答える。
「何って、……ハロウィンパーティーとやらをするのさ☆」
「するのさ★」
「後のヤツ、星が黒い」
「あー……てへッ★」
14歳の女の子には似合わないような邪悪な笑顔を浮かべるので、空恐ろしい気持ちになる。
「もう、絶対ヤダ。お前らに変な知識入れると何するかわかんねーもん」
そんな僕を見てエリーは溜息を吐きながら、
「せっかく楽しませてあげようとしてるのにー」
「だよなー。俺らがそんなヨコシマな考え持つとでも?」
「いや、持つでしょ君ら」

そう言って、ちょっと油断して本を持つ手をゆるめた。

もちろん、エリーの目がキラーンと光る。

気付いたときには…………もうおそかった。

「いただきッ!」
「ちょっ待っ」
我ながら感心するくらいの反射神経でとっさに本を奪い取ったエリーの首根っこを掴むと、
「カーム、パス!」
「あいよっ!」
しまった、ネズミはもう一匹いたんだ!
悔しがってる隙に、エリーは僕の手から脱出し、2人は合流して一気に船室を抜け出て後ろ手に思いっきり戸を閉める。
僕が半ギレで扉を開いたときには、……もう遠くマストに向かって走ってた。
見張り台に逃げ込まれたら終わりだ。『トリック・オア・トリート』とか言って、トリートを選べば僕の大切なお菓子とかごっそり持っていくだろうし、拒否ればこの船は戦場になる。それだけは止めねば。
「待てい!」
「「嫌でござる!」」
逃げ足の早い2人はするすると船の上を走り回り、既にマストを登り切ってこっちにあっかんべーとかしていた。下から見てると、見張り台の柵にもたれながらエリーが本を開いてる。
「ほほう……トリック・オア・トリート?」
「えっと……いたずらされたくなきゃ菓子をくれってことか!?最高じゃねぇか!」
「あのー、パンプキンケーキくらいなら船の予備があるから作るよー?」
最大限譲歩して、僕は他の親御さんに聞かれれば甘やかしととられても仕方ないような台詞を告げる。でも、あいつら武器持ってんだもん。そんじょそこらの悪ガキじゃない。下手すりゃ犯罪者予備軍だ。
「あ、ホント?じゃあそれもお願い。なるほど、基本は奇襲攻撃か」
「あの」
「マジ?じゃああいつが拒否ったらあたしががこっちから……」
「えっと、その」
「じゃあ俺は……」
途切れ途切れに弾んだ声で「ぶった切る」とか「暗殺」とか聞こえた。
カームは、
「よっし、今晩楽しみにしてろよジャイナ!」
「出来るか!」
エリーも、
「搾取!」
「どこで覚えたそんな言葉!ていうかお前ら僕にこれ以上何を望む気だー!!」
「「トリック・オア・トリート!」」
ノーサンキューだ馬鹿者共が。……でも、でもだ。
もしあのうれしそうな2人の行動を、万が一無視するようなことをしたら。

僕はひどい頭痛を覚えながら、ゆっくり厨房に戻ってカボチャと小麦粉を取り出した。






てなわけで過去・航海編。
ハロウィンっていう行事はとってつけたようなお話しになってしまいまし、た……。
もう少し!もう少し時間があれば!!(言い訳(熱弁))
ちなみにこのあと、哀れなジャイナはせっかくカボチャケーキまで焼いたのに、
さんざっぱら搾取されたあげく、悪戯までされるという悲痛な運命であります(にやり)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送