旅のはじまり.1 - Jaina
夜、何でだかぱっと目が覚めた。黄ばんだ枕から首を引っこ抜いて、寝起きでぼんやりしてる頭を掻く。時計を見てもまだ日が出るような時間じゃないし、もう一眠りしたいとこなんだけど、どうにも目が冴えてて眠れそうにない。仕方なくベッドから抜け出して窓の外を覗くと、昨日の夕方から降り始めた雨は止む気配もなく街の路地を濡らしていた。

エリーを連れ戻してから、何日かをこのロマリアで過ごした。
あの戦いのせいで装備もボロボロ、体もガタガタだ。回復魔法は怪我は癒しても疲れまでは癒してくれない。そんなこんなでお世辞にも先に進める状況じゃ無かったこともあるけど、それだけじゃない。これからの旅、その目的を再確認してるうちに生半可な覚悟じゃどうにもなんないことがわかったからだ。

僕が戦った武闘家のゴウエン。スフィアが戦った魔法使いのマリアに、ジンが叩きのめした剣士のロロ。どれもアウトローの盗賊集団のクセして、訓練してきた僕やスフィアが苦戦しなきゃならないほど、相当の実力を持っていた。そして、アリアハン城で訓練してきたカームを完膚無きまでにボッコボコにしたカンダタ。
……甘くないよな。
そう思って唇を噛んだ。僕らはまだ若すぎたんだって、僕の思考に少し後悔が混じった。世界を一度回った僕は、魔物ともそこそこ渡り合ってきたせいもあってその怖さを分かった気になってたのかもしれない。
けど……魔物でも何でもない、人間であれだ。だったらこれから戦っていく敵なんてもっと、ずっと、
「いけない」
自分のマイナス思考に嫌気が差して、思わず声を上げていた。なんだかんだ言ったって、勝ったのは僕らだ、あいつらじゃない。考えるだけ無駄なことだろ。
「……んー?」
不意に聞こえた声に驚いて振り返ると、スフィアがベッドから頭だけ上げてこっちを見てる。
「あー、あ、えっと」
どう反応して良いのやら。僕は思わず口ごもった。
ちなみにこの部屋のベッドは二段になってて、スフィアの上のベッドにはカームが寝てる。僕の方のベッドにはエリーが1階、僕が2階という風になってて、要は男が2階、女が1階ってわけ。
「……ジャイナ君……?」
目を擦りながら、眠そうに尋ねる。はっとして、
「あ、あーごめん、何でもない。ちょっと寝れないだけだから」
「……あっそ」
ぽてん、と起こした頭を枕に落として、また何事もなかったように寝息を立て始めた。
……寝たか?寝たよね。
「ふぅー」
大きく溜息を吐いて思う。妙な子だよスフィアも、ホントに。どうして僕らと同じ部屋で寝たいなんて言い出すんだか。そりゃ女が2人になったからっていうスフィアの主張もわからないでもないけど……理屈おかしくない?むしろ2人になったからこそ男部屋女部屋別れやすいってのに。
そんなことを思いながら、窓の外に視線を戻すと、
さっきまで見逃してたのかもしんない。
けど、不可解なものが見えた。


剣が風を切る、独特のあの音がする。
それは雨音に掻き消されそうになりながら、それでも断続的に、しっかりと負けずに僕の耳に届いてくる。僕が近付けば近付くほど、その音は大きくなる、けれどそいつに向かって傘を持って近付く僕の足音は聞こえなかったらしい。
「おい」
……聞こえなかったらしい。
「カーム!」
少し声を大きくして名を呼ぶと、やっと聞こえたみたいで濡れた髪を振ってこちらを向いた。
「……起きたのかよ」
「ああ。さっきベッド見たらもぬけの殻なんだもん」
「あっそ」
さっきのスフィアと同じ台詞。そして、また剣を振り始める。この前の戦いでボロボロになったのはカームだけじゃない。アリアハン王からもらってた剣。刃は欠け、刀身はひん曲がって、もう刃物と言える代物じゃ無くなってた。でも、カームはそれを決して捨てようとはしない。ロマリアなんて大きな国だし、新しくって良い武器も見つかるのにって言っても聞こうとしなかった。実際今振るっているのもそれだ。
……こいつがこれだから僕は頭が痛くなるっていうか何て言うかなぁもう。
「風邪引くよ?てかまだ肘の骨壊れてそう経ってないでしょが」
精一杯、気遣う気持ちを込めて言ってみた、ら、
「……組み手」
ぼそっと、カームが呟く。
「は?」
「組み手、してくれ。体が鈍んだよ」
一瞬、こいつが何を言ったのか理解しかねた。
「なっ何だって?」
もう一度聞くと、
「……っ!」
言葉の代わりに蹴りが飛んできた。
……よくもまぁこの小さい体でハイキックなんてするよなー。何とか腕でガードはしたけど、傘がそれで吹っ飛ばされて、半ば無理矢理に両手がフリーになる。
仕方ないなぁもう。
僕は溜息を吐き、尋ねる。
「手加減は?」
「いらない」
ずいぶんはっきりした口調でカームは言い、ひん曲がった剣を緩くなった地面に差して構えた。
「よっし、じゃあおいで」
どうせ寝られないんだ、たまにはこうして動かないとね。僕も雨に濡れ始めたローブを少し払い、構える。
「おいでったら」
言うと、軽い息を吐いてカームはいきなり、それも思いっきり拳を繰り出してくる。狙いもなにもありやしない、素人の正拳突きだ。わざと紙一重で避けてやると、ちょっと腹が立ったらしく今度は連打になった。……連打は払っていけば相手が崩れるんだけどね。それも拳オンリーだ。長くは続くことはないし、いずれ焦れて蹴りがくる。
「ふっ!」
そら来た。読み通りのコースに来たミドルキックを払って流す。
そして崩れたとこを突けば、
「単調」
容易に僕の拳は脇腹に決まるってパターンで。
「がっ!」
カームは顔をしかめて膝をついた。かなり深く入った感じがしたから、多分相当効いたはずだ。でも、甘やかすつもりはさらさらない。
「立って。まだ1分も経っちゃいない、ほら」
「……っせぇよ」
そう言って、膝をついた、その崩れた姿勢から力のない蹴りを入れてこようとする。
……いらついてるなあもう。
そう思いながら、その足を掴んで捻り、
「えいやっ」
投げ飛ばした。派手に泥を跳ね上げて、カームの予想通りに軽かった体が向こうに転がる。
「ストレス解消に組み手は適しておりませんよ、お客様?」
「……ぃってぇー……」
「もう終わり?」
起こした顔をしかめ、「やってられっか」と呟いて、
「ジャイナぁ」
不意に、泥だらけでまた仰向けになったカームが僕に声を掛けた。
「なにー?」
「エリーはさ、なんであんなこと相談してくんなかったんだろーな?」
まだ悩んでるのか。まぁ無理もないとは思うけど、
「カーム1人でどうにかなったと思うかい?」
「……さぁ」
そう返して、カームは黙った。

実は、シャンパーニでの話はカンダタ達をふんじばった後にも少し続く。もちろんエリーの話だ。



  * * *



「それって、どういうことなの?」
スフィアはカームの肩を支えながら、拳を戦慄かせて言った。
カンダタは、悪びれる素振りもなく、さっき言った言葉を繰り返す。
「だから、スラムのガキを人質に取らせて貰ったんだよ。アリアハンの手下に暗に見張らせて、エリーが逃げ出したら殺すように命令しておいた」
「まさかっ……おい!」
カームが掠れた声で叫ぶと、「安心しろ」とカンダタが手を振る。
「ここの手下共はそこにのびてる奴らで全部だよ。伝令に使おうにもふんじばられてちゃ……嘘じゃねぇって馬鹿野郎」
その隣に立つジンが無言で鞘から剣を抜くと、悪態混じりにカンダタは付け足した。
「本当にこいつを釈放しても良いのか?」
ジンが眉をひそめて聞くと、カームは舌打ちして頷く。
「……もう口から出しちまったし。それに、こいつはいずれ実力でノシてえんだ」
「ひどいやられようだもんねー」
「エリーうっさい」
そんな2人を見ることなく、カンダタを睨みながらジンは、
「……ならば、儂は2,3日こやつの動向を見る。ジャイナ」
「あ、うん?」
「キメラの翼をくれんか。ほれ、助けた商人にもらったやつ」
ジンは手を出して、翼を出すよう僕を見た。
「大丈夫なの?ジン1人………ああ大丈夫か」
「なんじゃその言い方は?」
「大丈夫だな」
「大丈夫そうですね」
僕らが口々に言ってうんうん頷いてると、エリーは不思議そうな顔で、
「そうなの?」
って聞いた。僕らは即座に、もう一度大きく頷いて見せた。
「………おい、お前んとこの剣士泣いてるぞ」
カンダタは、隣でうずくまって下を向いているジンを見ながら言うと、カームは初めてカンダタの存在に気付いたようにその名前を呼んだ。
「カンダタ」
「何だ弱虫」
ためらいの欠片もなく、カンダタがカームに言う。……むぅ、チビ勇者はなんとか堪えたらしい。
「その人質に取られていた子たちを、全て解放しろ。負けたお前らに選択権はねぇ。いいな?」
「……お好きに」
軽く肩をすくめて、カンダタは言う。
「エリーは俺たちの仲間だ。返して貰うぞ」
「ああもってけ。もういらねぇよ」
そう言って、後ろ手に縛られている腕を器用に振った。

もういらねぇよ。そう言った。
カームは耐えた。
僕は、無理だった。
はっきりとどっかがブチ切れた音がした。
「人質取って脅して仲間にしてたヤツを「もういらねぇよ」?っざけんじゃねぇよボケが!」
胸ぐらを掴んでつり上げる。
カンダタは別段気にしてないっていう涼しい顔で、僕を見ていた。それがまた腹が立ってたまらない。
「っこの野郎!どんだけスラムの子たちが寂しかったかとか!どんだけその友達が心配したかとか考えないのかよ!」
……ホントはエリーに言うために取っといた言葉だ。でも今はカンダタに向かってぶちまける。そうでもしてないと、自分が保てそうに無かったから。
「大切な仲間を1人欠いて!それでもそいつが、エリーが苦しんでる分がんばろうって、そう思って来た!」
「もういいから、ジャイナやめて」
エリーがカンダタの胸ぐらを掴む僕の腕に触れるけど、僕はそれを無視した。
「それを持ってけもういらねぇだ?何様のつもりだよクソったれが!」
すると、カンダタは鼻で笑って言う。
「お宅は何か?俺を殺したいとでも思ってるのか?」
「ああ今この場でぶっ殺したいね!」
即答してやると、カンダタは一層笑みを大きくした。
「ジャイナ!」
エリーは僕の手を離そうと必死に力を込める。
「お前が魔物だったら、全力の魔法で粉々にしてやりたい!でもな、人間なんだよ残念なことにあんたはさ!」
地面に叩き付けるようにカンダタを解放した。肩で息をしながら、頭に昇ってた血を下ろす。
「エリーは僕たちの仲間。スラムの子達は解放。王冠も僕らがもらう。全てお前らに断る権利はない。わかったな」
「……へいへい」
そう言ったカンダタの瞳は、軽い言葉とは裏腹の色をしていた。

そして、
「ジャイナ」
「なっあだっ!」
エリーの声に振り向くと、いきなりグーで殴られた。
「いった……何すんのさ!」
「あたしの台詞盗んなこの馬鹿チリ毛!」
「ええっ!?」
「あたしだってこのおっさんには言いたいこといっぱいあったんだよ!空気読めっ!」
「そう言われても」
「もういい!カンダタ!」
「あいよイタチ娘」
間延びした声でカンダタが言うと、一言。
「ハゲッ!」
……………おー、僕のよりずっと効いてる。
「よっしみんな行くよ!」
エリーは元気に言う。見る限り空元気だったけど。
そして、僕はジンにそっとキメラの翼を渡し、ジンの「2,3日様子を見て、あっちの魔法使いの魔力を使ってロマリアに戻るわい」って言葉を聞いて、塔を後にした。



  * * *

とまぁそんな回想を大まかに端折りつつ入れたところで。現状として、ジンはまだカンダタ達にくっついてどっか行ったきり、エリーは疲れがどっと出たらしく、熱出しちゃってずっとベッドの中。スフィアは……まぁ変わりなしか。で、僕らは僕らで雨に濡れるのも厭わずに、濡れた路地に座り込んでいた。
「カーム」
「あん?」
「どうしたらいいんだろうなこれから。……ジン、ちゃんと帰ってくるかなぁ?」
「……さぁ」
……さぁ、って。




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