その日は雪が降ってた。
「…寒い」
それでもなんとかベッドから這いだし、船室の時計を見る。4時。
…朝の。
ジャイナのイビキが隣のベッドから聞こえてくる。座り込んで頭を掻きながら、
「やってらんないよなぁ…もう」
…オヤジか、あたしは。
あー…もうちょっと寝てたいなぁ。両手を上げて思いっきり体を伸ばして、手を下ろしほふっと息を吐いた。
なんでこんなに早く起きなきゃいけないかっていうと、ジャイナが言い出した見張りの2時間交代制度のせい。これ、昼間はいいんだけど朝は流石にしんどいんだよね…まぁ律儀にちゃんと起きてるんだけど、それもいつも通りのこと。
…あたしまだ14なんだよね?
「失敗したなぁ…」
見事にあたしはあの馬鹿2人と14歳の「せーしゅん」を棒に振ったっぽい。まぁそんなの、あのひとに盗賊のイロハ叩き込まれたときに無くしたのかも知れないけど。
寝癖で変な方向に飛んでる髪も梳かさずに、掛けてあった白の分厚いコートを羽織った。
「寒い寒い寒い寒いさーむーいー…」
何回言っても変わらないけどとりあえず言ってみる。
何がすごいって、甲板が雪に覆われてて、海に至っては西も東も真っ暗。歯がガチガチ鳴って止まらない。出口にあった温度計を見ると、2度。…あっははは。
いつもより風が穏やかなのがせめてもの救いだ。
あ、船室の扉のとこは開かないんじゃないかと思ったけど、結構簡単に開いたんだなこれが。雪積もって開かないんじゃないかと思ってたんだけど、そこんとこだけ雪が無くて。不思議に思ってじっと眺めると、ぱらぱらと岩塩の欠片が落ちてる。確かめるために一つ掴んで舐めると、やっぱりしょっぱかった。
え…っと、なんか雪とか溶かすんだっけ?
こんなことするのは多分ジャイナだろうな…細かいとこに良く気付くし。結婚したら良い嫁になると思う。
ってそんなことはどうでもいいっ。
要するに寒いし暗いし雪降ってるわけで!
2時間経っても多分明るくなんないなぁ。そんな風に思って1人で苦笑いした。
上を見たら、暗い雲から落ちてきた雪があたしの顔に当たって消える。
「カームもバカだよね…」
こんなクソ寒いなか、船のてっぺんで見張りしてるんだから。夜の2時からだよね?凍えて死んでなきゃいいけど。
…ちょっと本気で心配になってきた。
こんなつぎはぎだらけのボロ船だけどちゃんとした帆船で、割としっかりした帆もあればその上には見張り台もある。カームは今そこ。んであそこから、旅立つときのポルトガからの綺麗な水平線が見えたんだっけ。あれが確か2ヶ月前のことだ。良くここまで続いたもんだよね…自分をうんと褒めてやりたい。
で、ジャイナが親父さんからくすねてきたらしい地図通りに行けば、今はレイアムランドっていう大陸の脇を通ってる、らしい。寒いのはここが氷に覆われた大陸のせいだからみたいだ。
マストの、少し高いとこに付けられてる見張り台へ上がるハシゴに勢い付けて飛んだら、すたんっと小気味よい音を立てて右足がハシゴに引っかかった。
「慣れてる自分が悲しい…」
誰も居ないのに嘘泣きする。しぶしぶ、雪で足を取られないように一段一段ゆっくり上がった。26段。もうほとんど毎日ここ上り下りしてるから、ハシゴの段の数まで覚えてる。それもまた悲しいんだけど…盗賊とは言え14歳の女の子が毎日するようなことじゃないし…。
「21、22、23」
段々てっぺんが近付いてくる。
「24、25、26っ」
反動を付けて、狭い見張り台の上に転がり込み、膝に付いた雪を払う…と。
…あれ?
カームがイスに座ってる。それは間違いない。けど。
あいつ…確か紺だったよね?コート。んでマフラーも黒っぽいやつだった気がしたんだけどなぁ。
…白い。
それが全部雪だと気付くのにちょっと時間が掛かった。
「…エリー?」
「カーム…だよね?」
「うん」
そうだ、この見張り台、天井が無いんだ。上を見ると、まだ雪は降ってる。
ってことは。…あたしもこんな感じになんのかな?
背中越しに力無く笑うカームを見ると、あたしは2時間後の自分を想像したら笑えなかった。
んでその笑顔のまま、
カームは雪の積もった床の上に倒れた。
「無…理」
「ちょっ…カーム!大丈夫!?」
「動かな…〜い」
「戯けてる場合か!ちょっと、しっかりしてよ!」
「…眠い…」
「こら!そんなんで寝たら死んじゃうから!」
抱き起こすと、今にも寝そうな、虚ろな目でこっちを見る。
「あ〜…きれいな川だ…な…」
「戻ってこい〜!」
べしべし顔を叩くけど効果無し。
…全世界の希望がこんなとこで凍死してどーすんの!
1人でパニクって、とりあえずカームの体に積もった雪を払って、今してるマフラーは濡れてて逆に体温奪うから外してあたしのしてたのを巻いてやった。それで…それで…
「あーもうどーしたらいいんだ!」
口に出してもどうしようもないし…あ。
「カーム、ホイミ!回復魔法使うのよ、わかる!?」
「……ぅあ?」
「ホ・イ・ミ!」
あたしが耳元で叫ぶととなんとかわかったらしく、片手を動かそうとするからその手を掴んでカームの胸の辺りに置いてやった。
と、目を閉じ、蚊の鳴くような声で何か呟く。多分ホイミだと思うけど…すると、青い光がカームを包んだ。
すごく長く感じられた、けど時間的には1,2分の間。
青い光が消えて、ゆっくりカームは目を開けた。
「……………。ぉあ?」
あたしを見上げる目の色がさっきのとろんとしたものじゃない。顔色もいつも通り。たった今あたしがいることに気付いたみたいな顔してきょとんとしてる。
「…効いたぁ」
めちゃくちゃほっとして、あたしは大きく溜息を吐く。その白い息がカームに掛かるのも気にするような余裕はもう残ってなかった。カームの肩を揺すってみると、まだ不思議そうな顔してる。
「もう…大丈夫?あたしのことわかる?」
「いや、わかるけど。え?何?俺…アレ?」
「待って待って。あんまり動かない方が良いって。あんた凍死寸前だったんだから」
無理に起き上がろうとするから、慌てて止める。ホントにもう、こいつは何て言うか、
「…バカ」
だ。
それからあたしが事情を説明してやるとなんとか状況わかったらしく、カームは自分の額に手を当てて苦笑いした。
「え…っと、俺もしかして固まってた?」
「うん、雪像みたいだった…ったくもー、寒いならなんで下に降りてこなかったの!?」
「気付いたら下に行く体力も無かったんだよっ…」
「もう…心配掛けやがってこのっ」
「あたっ!手加減しろよ!」
デコピンはしっかりクリーンヒットして、カームも涙目で抗議するけどあたしはそっぽを向く。
「ごめん」
驚いてあたしが見ると、恥ずかしそうに笑った。
「雪とかって結構やべーんだな」
「全くもう…心臓に悪い」
「ごめんって」
「許さなーい」
「うわー厳しいよお母さん」
「誰が。…あ、どうせなら何か暖かいもん持ってこようか?」
「いや、大丈夫。つかそういうところがまたお母さん゛っ!」
「黙れ」
「すいませ…ん」
拳骨を喰らって涙目で謝ってきた。全くこいつは調子に乗るとすぐこれだ…ん?
何かおかしいかな。カームはなんかまだ照れくさそうにしてる。
なんだ、…ろ…
…。
なんで気付かなかったかなぁ…。寒いのに一気に顔が火照る。
カームの一言で、あたしは我に返ると同時に顔から火が出るくらい、さらに赤くなった。
「あの…膝枕?」
…うわぁ!
「いっ…いやこれは咄嗟に!ごっごめん!」
「あ、まぁ良いって…んあ、雪止んできたな」
「…なんだそりゃ…」
「イヤ別に照れる事じゃないかなぁなんて」
「…思春期は?」
「知らんわ」
のんびりカームが言うもんだから、もうなんか…どうでもよくなった。なんとなく拍子抜けしてしまう。
「そんなもんなのかな…あー甲板の方、もう積もってたよ」
「マジ?じゃあ日が出たらみんなで雪合戦な」
「はしゃいでて船から落ちても助けないからね」
「じゃあ落ちない」
「なんだその理屈は」
「えっと…愛と勇気の法則」
どこのヒーローのつもりだよ。
「エリー」
ふと、思い出したみたいにカームが呟く。
「何?」
「…ごめん、あのさ。もうちょい…このまま」
この寒いのに…バカ。けど、何て言うかその、悪い気はしないっていうか…まぁ、何ていうかその。何か良くわかんないっていうか。
「…どんくらい?」
「あー、ちょっとの間で良いよ。なんかすげー落ち着くから」
「…いいよ」
カームとあたしは悪戯っぽく笑いあう。
…こんなときくらいならちょっとだけ、あたしだって「せーしゅん」しても良いんだよね?
「頑張ってランシール行こーね」
「…ん」
気が付いたら雪はすっかり止んでいて、船に波が当たって鳴る、いつもの音だけが聞こえた。
あとがき
はいまぁそんな感じで過去話でした。序章読まないとちょっと話が分からないかも。
んでとりあえず言っておくと、こいつらデキてません。
いや、こんなだけどやっぱ1人の仲間くらいにしか見ておらず…鈍いヤロー共だったく(こら)
そんなこんなでクリスマスとか全く関係のない話が出来上がってしまいまし…た…だってこの世界にそんなものがあると思えないんだー!(主張してみる)多分次のクリスマスも12月24日にヤツらがどんなことしてたか〜ってことを実況中継するカタチになりそうです。あとエリーはこんな感じに語ります。さっさとカンダタから奪い返せチビ勇者。ではそんな感じで(逃)