あの後本格的に真っ暗になり、おっかない山道を松明に明かりを灯してしばらく進むと、草原の中に立つ塔が見えた。
って言ってもその塔から漏れてた明かりを見つけたってだけなんだけど。
「不用心なもんだな。これじゃあ闇討ちしてくれーって自分で言ってるようなもんだ」
そう言ってカームはふぅ、と溜息を吐く。そのまま未だに「客」に気付かない盗賊のアジトの明かりを見上げていた。
確かにその通りだ。
その証拠に、僕らが塔の入口に来てるってのに見張りの人間の気配すらしない。
「誘ってるか、あるいは」
「あるいは?」
「ただのアホ」
尋ねてきたスフィアにそう答え、松明を片手に小さくなっていくカームのシルエットを追って、僕も中に入った。
で、それからしばらくしたのに全然人がいない。そのくせ魔物は良く出るんだけどさ。不意に飛び出してきたおばけキノコを切り払いながらカームが言う。
「こりゃ罠、か?」
「確かに相手はプロだしな」
……誘い込んで僕らを倒すためか?
もしそうだとしたら、敵はどこにいると考えれば良いだろう。最上階?安直すぎるかな。
それから、もしエリーが居たとすると、どこに?
そして出会ってしまったらどうしたらいい?話せばわかってくれるのかな?
もし、あいつが出会い頭に攻―――――
「っく…ボーっとしてんじゃねぇ!おら、目線上げろハリガネぇ!」
さまよう鎧が、剣を振りかざして僕の目の前に立っていた。
「あ…」
…斬られる?
「どけい!」
その瞬間、ジンに後ろからどつかれて床に突っ伏した。鎧が嫌な音を立てて壊れる音がして、すぐに静かになる。
チン、とジンの愛刀を仕舞う音がして、曖昧だった意識が戻ってきた。
…あーもう、助けられたよ畜生。カームも呆れ顔してる。
「ったくよぉ、考え事も良いけど目の前の敵ぐらいにゃ気付けよな」
「…悪い」
っていうかなんかバツが悪い。ぱんぱんとローブに付いた埃を払い、立てるか、と差し出されたジンの手を取った。
「どうした、お前らしくないではないか」
「や、エリーとはどう接触すれば良いのかなぁ、なんて。考え出したらキリがなくってさ」
また悪い、と呟いて頭を掻くと、
「…うむ。そういうことを考えたくなるのは確かに分かる。じゃが、まずは今のことをどうにかせねば話になるまい?」
「そうだけど」
「これから先のことは、これから先にわかる。今は行くしかあるまいて」
「…だね」
「つーかさ、なんで盗賊団のアジトに魔物が出るんだ?」
ぼそっとカームが呟くと、
「「「…さぁ?」」」
他3人の声が重なった。当たり前だ、そんなん知らないっての。
あれからしばし。これで…いくつ階段を上がったんだろう。大体今4,5階ってとこかな?
「えっと、なんかここ壁無いし」
向かって左手には夜空。見下ろすと、真っ暗な大地が広がっている。
見下ろせるってことはそこに床は無いってことで。直に夜風に吹かれるし、魔物が出るととんでもなく危険だ。
「うえー、なんでこんな造りに」
「ああ、下手したら落ちて死ぬぜ」
「……」
口々にそう言っ…あれ?ジンだけ黙ってるんだけど。
「ジ〜ンさんっ」
「おわぁう!?」
なんか、スフィアが軽く肩を叩いただけで馬鹿みたいに取り乱した。
「ごっごめんなさい!なんかボーっとしてるみたいだったから…」
「いっ…いや、構わぬ。こちらこそ取り乱して悪かった」
…キラーン。
「ひょっとして…高所恐怖症なの?」
「…あのー、うむ。えっと、そうじゃのう。子供の頃にの。……察してくれい」
幾分青ざめた顔で言う。
「ふーんあるんだなそーいうのって」
「他人事だねぇ」
「そりゃな。俺の場合飛び降り慣れてるし」
まぁ家の二階から飛び降りるような男にはわかんないだろうけどさ。
「そんなのはお前くらいだ馬鹿。―――急ごう、のんびりしてると日が昇るよ」
「ん?…おう」
このままじゃ闇討ちの意味が無くなる。
で、最上階。なんかゴチャゴチャ考えてみたけど、何て事無い。
「わかりやすい造りだのう…」
ジンの言葉通り、そこには後から造り足したとしか思えない、木製の建物。遠目にも所々ガタが来てて、今にも壊れそうだ。そして、そこの二階からはうっすら光が漏れている。……とうとう来ちゃったよ。
「間違い、ねぇよな?」
「うん」
僕とカームは確かめるように言い合う。居る。絶対エリーはここに居る。そうやって信じなきゃやってらんない。
「なんかあっさり来ちゃったけどさ、もうここまで来たら行くんだろ?」
「まぁな」
カームは真っ直ぐ扉を見つめて頷く。
この先に、大切な仲間がいるかもしれない。そう思っただけで、心臓が無条件に高鳴る。ここにいる勇者も、きっとそうだろう。
何かを確かめるようにカームはもう一度頷き、前に進む。そして振り返り、
「1つ聞く。キミタチのリーダーは誰だね?」
おどけた声で、そんな事を言った。
「え?」
「んだよスフィア、ノリ悪ぃよ…誰かね?」
「あ、えっと、一応カーム君でしょ?」
「一応じゃねぇっ。このパーティーのリーダーは俺なの!よって全権はこの私、カーム・カレージにあるということだ。というわけで、ちょっといいか?」
「何する……」
「おらぁカンダタ!!寝てんなら起きやがれこのクソッタレ!!」
「へぁっ!?」
思わずアホな声が出た。つか何してんだこのアホは。
「俺の名はカーム・カレージ、アリアハンの勇者だ!あのー、あれだ!エリーとロマリアの王冠!耳揃えて返してもらうぜ!」
そう言って建物に向かって全速力で駆け出し、正面の扉を開け放って入っていった。
…うん?
「えーっと、あれだ。僕は夢を見てるのかな?」
「多分そうでしょ♪」
呑気に行ってると、後ろからジンが肩を叩く。
「のう。追わんで良いのか?」
「えーっと、具体的に何を追いかければ良いんだろう。蝶々はこんなとこにはいないしなぁ」
「そうですねぇ」
あ、綺麗な朝焼けだね。朝焼け。ん?朝焼けって?
はっ。
「僕はアホか!こらスフィア戻ってこい!」
「……はっ!こっここは!?」
「アジトの前だよったくもぉ〜!」
ボリボリと髪の毛を掻く。
「闇に乗じるなんて言ったのどこのどいつだよ!?堂々と突っ込みやがって!しかももう朝なのかよ!闇ですらないじゃん!あんのアホ勇者っ……追うよ!」
「あっ、はい」
ひとしきりため込んだ突っ込みを吐き出し、それからまた走り出す。
心配なのは相手だ。急がなきゃあいつがおいしいとこ全部持って行っちゃうよ、仲間のこととなるとあいつは理不尽に強くなるのはあいつと闘った時に嫌と言うほどわかったし。文字通り雷落とされたしな。
……僕にだってカンダタには私怨とはいえ色んな感情あるんだ、それだけは勘弁してくれ。
「そうはさせないよ」
「?」
「あー、こっちの話さ」
そう言って、不思議そうな顔をするスフィアに笑いかけた。
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