Bright reason3 - Calm

ガキィン。



剣を掲げた右手に左手を添える。
次に、アゴを締めて相手をしっかり見る。
脇を絞り、肩の力を抜き、最後に強く一歩を踏み出すと同時に振り下ろす。このとき思い切り腕を絞らないと、隙が生じて返されるってのを忘れない。

以上、王から習った上段斬りの手順だ。これが撃てれば大抵の雑魚はどうにかなるとか。
「かっか、良ーい一撃だ。流石だなオイ勇者ぁ?」
にやりと、カンダタが黄色い歯を剥いて楽しげに笑む。見てて気分が悪い。
「あっれー?おっさん何やってんのそれ?」
っかしーなー。これって、えっと、あれー。


説明するとだな。
剣を掲げた右手に左手を添え、アゴを締めてしっかり見て、脇を絞り肩の力を抜き、最後に助走まで付けてめちゃくちゃ強く一歩を踏み出して放った上段斬りは、片手で持った斧で簡単に受けられたってこれどーいうことだ。
手加減したつもりはぜんっぜん無い。むしろ右肩切断してやるくらいのつもりだったのに。
「おっしーなー、もうちょい俺様が弱けりゃ何とかなったんだろうがなぁ」
黙れってもうお前。あーもうめんどくせぇ……。
こういうタイプは大嫌いだ。隙見つけてなんとかしなきゃだけど、今んとこ隙なんか無ぇよこの筋肉オヤジ。するとその筋肉がゆっくり斧を振り上げている。
「おら、行くぞチビ助」
いきなり勇者からそこまで降格!?
「テメッ、!?」
咄嗟に床を蹴ると、さっきまで俺が居た空間をカンダタの斧が切り裂いた。俺が冷や汗をかく暇もなくもうカンダタは第二撃の体制に入ってて、
「逃げねぇと死ぬぞ、うらぁ!」
「冗談じゃねぇこんちくしょうめ!」
カンダタは一撃目の威力に遠心力乗っけて、そのまま振り下ろした。
ヒャ、と鉄の塊が変な風切り音と共に落ちてくる。
避けるには、時間が無いっ!
「っだらぁ!」
今日二度目、俺たちの得物がぶつかり合う。さっきのと違うのはギギギギギギなんてものすごい音がしたことなんだが、俺が掲げた剣を盾にして無理矢理斧の攻撃方向を変えたからだ。斧みたいな重いもんとまともにやり合うと一発で折られるだろ?
んでまたおっそろしいことに、ガードはそれで成功したんだが、カンダタの斧はそのまますごい勢いで床に直撃して、床の石が派手にバラバラ吹っ飛んだ。……当たったときのことを考えたらぞっとしないな……気付いたら剣の鍔、片方削げてやがる。さっきのガードもミスってたら脳みそなんかふっ飛んでたぞオイ。
「筋肉バカはモテねーぞ」
「そりゃ俺のマッスルボデーへの褒め言葉か?ありがとよ!」
畜生何だそのポジティブさ。ボデーて。心の中でそう突っ込んで、もう一度斧を振り上げるカンダタを睨んだ。



ああああああ゛!
「闘いになるかバカタレぇ!」
「だったらなんとかしてみやがれ、チビ助っ!」
このバカ、アホみたいに斧を振り回してくるから始末に負えない。一撃一撃重すぎて流石にもう避けるしかないし、こいつが斧を振るたびぶおんぶおんってスズメバチの羽音みたいな音がする。その割に正確に急所を突いてこようとするあたり、相当な使い手ってのも分かる。本当、紙一重でかわすので精一杯だ。

……むー。
あっちはバカみたいに元気だがこっちはそうも行かないぞ……。

良く見ると削げてたのは剣の鍔だけじゃなくって、さっき斬撃を受けた刃の方も大分えぐれてやがった。王に貰おうがバスタードソードのレプリカだろうが切れねぇ剣なんて鉄クズだ。
「畜生、死ぬだろボケぇ!」
「ああ死ね!」
思わず叫んだ言葉にカンダタは真顔で応えた。ボケたんだよアホめ。
って言ってる間にもカンダタは斧を振る。どうにかしなきゃマジで天国のなんとか様とご対面だ。まだ旅も始まったばっかだってのに、それだけは勘弁。
……よーし俺、見ろ相手を。斧の攻撃なんて単調なはずなんだよ良く見りゃあよ。
「どりゃああ!」
まずは今の流れの最後の一撃、右からの横薙ぎ。これをかわせばパターンは最初に戻る……避けた。そして次、そのまま遠心力に任せて縦一文字の斬撃。また刃のない方で受け流すと、カンダタは予想通りそのままの力で床に斧を叩き付けるはずだ。
ここで、離脱っ!
「なろォちょこまかと!」
「はっはー、単純明快・愉快痛快クソバカめ!」
えっと……スペルスペル……ええいもう適当だ!
「紅い音掻き乱すは 冷酷な鴨(かも)の悲泣!」
カンダタは突然の呪文詠唱にたじろぐ。よし、意表突いて、
「メラ!行っけぇ!」
翳した手から、炎の呪文がカンダタ―――と逆方向に向かって出た。

っなんで!?
「をい!?」
それを咄嗟に体を反らして避け、事なきを得……る暇もなくカンダタが斧を振り下ろす。
「詠唱が違うんじゃねーのか」
「うっそマジで!?っかしーなー……」
くっそ、最近使ってないからなぁメラなんて。ジャイナに聞くか。
もっかいやってみよっか?次は別の、ああギラで行こう。こいつならなんとかなるはずだ。
「光 地を駆け汝に……もにょもにょ……の焦燥を与えん!」
ちょ、ちょっと誤魔化したけどなんとかなるはずだ!
「ギラ!……っおギャー!!」
やっぱり炎は逆流して、避けきれずに服とかちょっと泣きたいくらいに焼けた。なんだおい、俺はやっぱあれか、アホなのか。
「くふっ……」
カンダタにも笑われてるじゃねぇか。それもこんな風に堪えながら笑うから余計に傷つく。
「クソっ……魔法なんて……魔法なんてぇえええ!」
「いや、どんどん使え?面白すぎて俺が笑い死ぬ」
「殺す!」
もうこうなりゃ剣一本でなんとかしてやる。



そういえばカンダタの斧を避けながら考えてると、ちょっとさっきから引っかかることがあることに気付く。なんだ、この……釈然としない感じは。
「斧振り回し、てるとこ悪、いんだが!質問良いか!」
「なんっ、だぁ!」
右からの横薙ぎを避けつつ俺も言う。
「おかしーんだよ、やっぱり!」

どこのギルドにも盗賊なんてごまんといやがるもんだ。
今は魔物も出て世の中乱れまくってるから男だろうが女だろうが腕の良い盗賊なんていくらでもいるのに、
「よりによってなんっ、でエリーだ!」
「あいつが勝手に一味に入ってきた、だけだ!あとは俺様の、勝手だぁッ!」
縦の攻撃を受け流して離脱し、舌打ちした。

……んなワケねーだろこのボケ、親玉の勝手で嫌がってるヤツ無理矢理仲間にしとくとか、そんなこと出来るかよ普通。
プロならプロで、双方の了解があってこそそういう関係になれるはず。でもエリーは「助けて」って手紙書いてて。……俺はソレを燃やすほど臆病もんだったけど。偉そうなこと言えないってのもわかってるけど、やっぱそれ間違ってる。

あー、だんっだん腹立って来た。旅立ってからの弱気な自分にも、この目の前の男にも。

そんなことでビクビクしなきゃいけない人間のこと考えたことあったのか?俺も、カンダタも。
「っじゃあ何でさっさと捨てちまわなかったんだ!勇者だぞ、んなこと言いたかねーが国が援助してるんだ、有名な盗賊だからってそんなのと真っ向からやりあうヤツなんて聴いたこともねぇよ!テメェラみたいなアウトローん中じゃ面倒事は御法度だろうが!?」
目一杯、自分でも何言ってんのかわかんないくらい叫ぶ。けど俺の言葉にもカンダタは黄色い歯を剥いてにやりと笑うだけで。
「知りたきゃ俺倒してからにしろチビ助」
「上等、ほざいてんじゃねぇぞボケが」
頭に昇りきった血を深呼吸で降ろしながら、もう一度両手で剣をにぎる。今は間合いのギリギリ外。だからカンダタも簡単には動いてこない。
で、俺はもうこいつの攻撃は避けねぇ。今決めた。全部受け止めて、この剣が折れるギリギリまで攻めて攻めて攻めまくるんだ。ソレがエリーに出来る唯一のお詫びみたいなもんだって、戦ってて思った。それで勝てたら儲けもんだ。
「改めて言うが、俺の名前はカームだ!かっちり覚えとけよ、そこの肉ダルマぁ!」
そう言って俺は剣先をカンダタの右足に向け突進し、思い切り突いた。けどそれはカンダタのやたら分厚い斧の側面に阻まれる。そのせいで手がビリビリするが、弾かれた剣の勢いを利用して右から薙ぐ。だがそれも読まれて剣は空を切り、カンダタは見るともう斧を振り上げてる。
「っしゃ来い!」
「ッらぁ!」
ずしんと鉄の剣にカンダタの斧がのしかかる。まるで岩だ。やっぱ得物の重量差がありすぎて、なのにその上まともに受けるなんて馬鹿なことしてんだ、そう長くは保たない。さっきので小さく亀裂とか入ってるし。けど……それならそれでいいや。今は少しでも「勇者」でありたいんだ、俺は。
「……はっは。甘い甘い」
「気持ち悪いヤローだぜ全く……」
「黙って、ろぃ!」
剣を思いっきり押し上げてしぶとくのっかってるその斧を弾き、その隙にカンダタの腹に蹴りを入れてまた剣を構え直した。そこへなだれ込むようにカンダタが乱撃を浴びせる。剣は甲高い悲鳴を上げるけど、気にしてる暇は、ない。



何度目の撃ち合いだろう、もういい加減疲れたってのに。
「さっ、さと、くたばれ、国の、犬ヤ、ロウ!」
「テメェッ、は黙っ、て挽き肉、にでも、なりやがっ、れぇ!」
カンダタの斬撃を受けるたび、腕が剣と一緒に千切れそうだ。今はなんとか体を守ってる剣も何度も斧を受けたせいで段々おかしな方向に曲がり始めてて、いつ折れるかわかんない。ぶつかり合うたび心配で心臓がふっとびそうだ。
「まだまだぁって、ぅあ゛!?」
気が付いて血の気が引く。
「はっは、テメエのモンはもう限界か?チビ助」
「だっ黙ってろっつってんだろ!」

……やっべぇ。最初に剣に入った一番大きな亀裂がついに、剣の真ん中まで来ちゃったじゃないか。

早いよ、限界来るの予想よりはるかに早い。次やられたらゼッテェ折れる、賭けても良い。どーするよおい、これどーすんのよ。
でも避けたくなんかねぇし……あーもう!
「はっは、そんな細い得物で斧相手に良くやった方だと思うぜ、俺は。降参しろ、別に責めやしねーよ」
人があれこれ考えてるときに、何抜かしてやがんだよこいつは。それに余裕の表情で言ってくるのがまたむかつくっての。
「死んでもするかハゲ」
「俺のどこがハゲだ!」
あ、気にしてた?ごめんね。
とにかくどうにかしなきゃ。避けるのはもう絶対嫌だし、じゃあどうやって次の一撃捌くんだ?
「思案してるとこ悪いがな、降参が嫌ならそろそろバッドエンドと行こうか?」
はっとして見ると、カンダタはさっきまで片手で操ってた斧を両手持ちに変えてる。
「ガキなんて殺したかねぇが、それが勇者ならどうってことねぇ、俺様の悪名が上がるだけ。ハッハーだ。……そら、降参すんなら今のウチだぞ。ついでにエリーのことも考えてやって良い。これでどうだ?」
「誰が死ぬかボケ。んで、そんなんでカンダタから取り返しましたあんたのこと心配してたんですよって言ったって、どーせそこに寝てるヤツに蹴り殺されらぁ」
自分で言っておいて何だが、マジで殺される。あいつはそういうヤツだ。
生憎降参なんて俺のプライドが許さねぇし、そんなことされなくって済むんだけど、それとあと1つ。
生きて帰るって約束しちまった手前、そうころころ死んでらんねぇよ。
「交渉、決裂な」
でも……やっべぇな。マジどうしようもないかも。
「はっ、俺があんたの居場所突き止めた時点で交渉なんてあり得なかったんだよ」
強気に言ってみるけど、背筋を嫌な汗が垂れる。
「……死ぬか、再起不能だ。選べ」
何か……何か防ぐことが出来そうな物……。
「冗談じゃねぇ、どっちも御免だ」
カンダタの斧でも防げそうな、硬い物……。
「じゃあ何がお望みだ」
出来れば斧を防いで支えることが出来そうな、硬い物……。
と、何かがこつんと腕に触れた。ちらっと見る。

あ。

「俺の完全勝利って選択肢は?」
「却下だ」
おいおいあるじゃん、何とかすりゃカンダタの斧でも防げそうな、硬くて両手で支えられるもんが!えっと………よっし、ほとんど外れた。あとは撃ってきたときにぶち抜けばいい。
「さあ、撃ってこい!」
さっきまでと同様に構える俺を見て、カンダタは舌打ちする。そしておもむろに構え、
「っこのアホがぁ!」
両手で持った斧を背に、突っ込んできた。確実に剣もろとも上段からぶっつぶす気だ。そんな攻撃をこの頼りない剣で受けたって、絶対に俺は死ぬだろう。
でも、多分俺は死なない。
だって閃いたんだもんね。……あ、あとごめんな父さん、母さん、

あんたらの宝、ちょっと傷付ける!


ゴズン!


鋭くて、鈍い衝撃。同時にみしみしって音もした。

……生きてる?

……恐る恐る目を開くと、光は見えた。

そうやって確かめられるってこた、脳みそも吹っ飛んでないわけだな?
「よっしゃ、俺かっちり生きてる!」
「……マジかこいつ」
カンダタも唖然としてる。
「ったりまえじゃねえか、大マジ、だッ!」
「ぅあ゛ッ!?」
剣を納めた、革製のベルトがぶら下がった鞘を両手で支えつつ、思いっきりカンダタの股間を蹴り飛ばした。


スフィアと話した通り、俺は弱い。その上甘えん坊の臆病モンだ。だからこーいうときなんとかするために、色々ごちゃごちゃ考えるんだ。

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