Bright reason.4 - Calm
やけに甲高い、俺たちにしか分からない効果音が鳴り響いた後しばし。ゆっくり、俺は出した足を引いた。
「……」
「……」
そして俺はまだカンダタの斧を支えたままだった。
で。
急所に思いっきり蹴り入れてやったってのに、びくともしねえのよこの人。しかもなんでまだそんな怖い顔してんだ。
「………」
「………」
あんたの痛みはホント良く分かる。誰だってそこ蹴られたらキツイって。だから、ね?認めて倒れちゃえって。別に誰も責めたりしねぇから。
「………ぅおお……」
だからなんでそんな元気いっぱいだ。もうこっちは手札出し尽くしてスッカラカンなんだぞ。
「待て。落ち着いて話し合おう、そしたらわかるから」
カンダタの目に妖しい光が灯る。おお怖い。
「俺の弟に手ぇ出しやがって……!」
もはや兄弟?
「覚悟しろよ、坊主」
吐き捨てるように言うとズリッと斧を鞘から引き抜いて、背を向けてどしどし歩いていく。隙だらけではあるけど目に見えない怒りのオーラが出てて、不意打ちなんてとてもじゃないけど出来ない。しかもなんでこんなピンピンしてんだよこの人?
あ、でもちょっと内股だ。
「あの大丈……」
「黙れぇ!」
カンダタは泣きそうな声で言った。はぁ、痛いんだろやっぱり。
「お頭さん、もうやめとけよ。あんたは強いぜ、でも今回は相手が違うじゃねえか」
「勇者だろうがなんだろうがこんな情けないやられ方は意地でも御免だ」
そう言って、おもむろに斧を自分の頭の上に翳した。
確かに急所一撃でノックアウトは情けないけど、俺は最初からそれしか狙ってなかったのに。やっぱ鍛えてんのか。
「受け止めてみな」
「言われずともやってやるって」
そんな痛みに耐えてるヤツからは想像も出来ない挑発だけど、こっちとしてもそこまでされちゃあ乗らないワケにはいかない。
でもなー、受け止めるための得物はいつ鞘ごと両断されるか分からないんだなー。
親父の分厚い鉄製の鞘も、さっきの一撃で深々とえぐられてる。そちらを攻撃されれば折れるのは分かってるから、気付かれないように俺は背後で剣を返した。
「少しは威力落ちてろよ……」
祈るように呟いて剣を握り直す。姿勢は上段から斧を迎え撃つ形にする。単純な攻撃パターンだから、武器破壊さえされない限りそんなに警戒はしてないけど、ただカンダタに入れるための次の一撃に精神を集中しなきゃなんない。

……沈黙。

と、カンダタが口を開く。
「おい」
「あん?」
「頭環、ずれてるぞ」
「ああ、悪い」とか言って片手を頭にやった瞬間、カンダタは猛烈に床を蹴り上げてた。

ミスった、なんて幼稚な!
舌打ちして剣を持ち直し、次の衝撃に備える。目の前で大きく、そして恐ろしい速さでカンダタの斧を持つ手が空に伸びた。次の瞬間には俺向かって垂直に落下して来るはずだ。

来る。

来る。

来る。

……来ない?
代わり駆けめぐったのは、鈍い痛みだった。
見るとカンダタの拳が不自然なくらいにめりこんでる。カンダタのヤツ片手で斧を振り上げたふりをしてフェイント掛けやがった。ギリギリって革製の手袋が嫌な音を立ててその拳を上に上に突き上げてて、俺が冷静に見れたのはそこまで。
「あっ……かはっ!」
「おーあたーりー♪」
膝から崩れ落ち、迫り上がってくる猛烈な吐き気に耐える。

……迂闊。斧の攻撃一辺倒だったから安心してた、くそ。よりによって外しちゃ駄目な剣から下のガードが空だ。すると、うずくまる俺の顔面向けて風切り音と共にカンダタの靴が飛んでくる。咄嗟に手で掴もうとすると、びっくりするほど重たかった。

あ、靴だけじゃねぇこれ蹴りだ。そう思ったのはその一瞬後。
顔面にそのクリーンヒットを喰らって、頭から床に打ち付けられる。一撃一撃が斧の攻撃と大差ない。なんて重さだ。痛みと気持ち悪さのせいか、妙に呼吸が荒くなってる。そこから急いで立とうとしたら鳩尾に、俺のガード吹っ飛ばすアホな威力のパンチを叩き込まれ、また床に突っ伏した。
ひゅー、ひゅー、って喉が笛みたいな音を出し始める。死ぬほど息が苦しい。それでも、ここで止まるとそれでお終いだ。
「寝てろよガキ?」
「っせえよ!」
かろうじて握りしめてた剣を抜き、手前の足目掛けて振る。……でもそれは靴の裏で受け止められた。しかもその靴も無傷。
「良く見ろよ?斬れるわけねーぞ、そんなんで」
言われて見れば、確かに無理もないってことに気付く。俺が使ったのはさっきカンダタに削られた方の刃だったからだ。それから次の瞬間、手首に痛みが走ったと思うと剣は俺の手の届かないところに飛んでいった。ひびの入った剣はからからと乾いた音を立てて床を滑る。
「攻撃手段はもう無いだろ。どうする勇者様」
呪文のスペルは、この近距離じゃ阻まれる。
……くそ、手がない。



そこから先はあんまり覚えてない。気付いたら自分が、空を見上げて血まみれで倒れてただけだ。唯一の頼りの剣も、もうどこに行ったのかさえ分からない。

なっさけねぇ。逃げないだかなんだか言っときながら、相手に本気出されたらあっさりやられやがったよ。つか1人にリンチされてるってどうなんだ俺?
カンダタはそんな俺の襟首を片手で掴んで持ち上げ揺さぶった。俺は抵抗も出来ずぶらぶらゴミみたいに揺れる。
「戦意喪失、ってやつか」
そう呟いて心底残念そうにカンダタは俺を見た。気付いたらカンダタは斧を持ってすらなく、そのまま腰に差していた。
もう死にかけの俺には武器は必要ないってとこだろ、ぱ、と急に手を離され足が立たずに盛大に肩を打ち付けた。
「負けを認めたな、何を言うでもなく。なぁ?オイ」
うるせぇ。
そう言ったつもりで、口だけは動かせても声が出ないから様無い。で、そのままでまた腹を蹴られる。もう痛みとかそんな感覚忘れてるから大したこたないけど、ダメージには違いない。吐き気がやって来て、今度は耐えられずに胃酸を床に向けて吐いた。
「おーおー、大丈夫か半死人?」
……何てザマだ。
口の中苦いみたいな、酸っぱいみたいな変な味がする。何度もそのまま咳き込んで、そんな自分の、あまりの情けなさに悔しさすら感じなくなった。
1人で多勢にリンチ喰らったジャイナもこんな気持ちだったのかな。
とにかく、このままじゃどうしようもない。けどどうしたらいいかさっぱり見当が付かない。
もう頭捻っても手札がねぇから意味もなくそこで思考はストップする。勝たなきゃいけないって思うのにもう無理だクソッタレって体が悲鳴上げる。最後の希望の回復呪文もスペルの途中でカンダタの蹴りが来て封じられる。

地べたに這いつくばってる勇者と、ソレを見下ろす盗賊。

……俺かっこわるいな……。
「必死なとこ悪いんだが、そろそろ寝相の悪いのも起き出すかもしれん。そうなるとやっかいだ。そろそろ締めさせてもらうぞ」
カンダタはそう言うと無造作に俺を蹴っ飛ばし、オモチャみたいに吹っ飛ばされて仰向けになった俺を、カンダタの足が踏みつけた。場所は右肘、踵が食い込んで関節が外れそうだ。かといって掴んで払いのけようとしてもびくともしない。
「何っ、する」
「ん?ああ、利き腕切断してお前の剣士生命断つ。まぁ肘から上は残してやるから安心しろ」
んなアホな。あんた何言ってんのか分かってんのかよ。
「やめろ」
「そうは行くか。じゃなきゃ俺が勇者を倒したって名目が立たんだろうが?」
「冗談……」
「試してみるか?」
そう言うこいつの目は脅しなんかじゃなく、紛れもなく本気だった。それに気付いて血の気が引いて、焦って左手で足を払いのけようとじたばたもがく。でももがけばもがくほど、肘はみしみし音を立てる。これ以上やられると、折れる。
「あーあー怖がるな。一瞬だ。まぁ高位の回復呪文でも俺のみたいな斧で切断されちまうと、ちょっと元通りには繋がんねぇけどな」
「轟き哮る 光の刃 見る者総ぅぐっ!?」
「黙ってろって……」
唯一何とか出来そうだった呪文のスペルは、途中で口を塞がれた。
クッソ、何とかしなきゃ。利き腕なくなったら戦えないじゃないか。これから何度もみんなと一緒に戦っていくんだ。旅始まったばっかで足手まといなんかなりたくねぇ。
でも、腕は動かなかった。
とうとう肘の骨は折れる寸前まで行って、そこから先は自力じゃ動かない。
こいつは俺より強かった、その事実がこの状態なんだって無理矢理納得し……切れるかこのボケが!
「ぅむー!」
「終わりだよ。あきらめな、勇者さん」
そう言って斧を振り上げる。くっそ、抜けろこのヘタレ腕!
「お?」


あ、抜けたよ。
拍子抜けでがくっと来るけど、最後の力振り絞って走った。でも5,6歩行ったら足がもつれて頭からスライディングする。
なんか、カンダタが妙な声を上げた気がする。顔を上げて見ると、カンダタは俺の方なんか見ずにポリポリ頭を掻きながらこのフロア奥に目を遣っている。どうもそのお陰で俺は抜けられたらしい。
「ちぇ、寝相の悪りぃお姫さんが起きちまった」
姫?……って、
「まさか」
カンダタと同じ方向を見るとそこに何の姿も見えない代わりに、
「そのまさかだ」
耳元でエリーの声がした。




「ギャー!」
第一声、思わず悲鳴を上げた。っていくらなんでも来るのが速すぎるわ!
自分が弱いってわかってても、どうしても助けたかった人が今俺の真横に居る。なんか想像してたのと出会うシーンが悲しくなるほど違うのは、いつもこいつはそんなヤツだからってことで妥協してる俺がいた。でも、想像してみてくれよ。
手を伸ばしたら触れる距離にいるんだぞ?俺が何かとごちゃごちゃ考えることの元凶になったヤツが。
「くー、びっくりするなもう。男の子でしょ?」
咄嗟に声のした方を見ると、頬に掛かっていた銀の髪を掻き上げて、その奥で見慣れた元クルーの顔が笑っていた。それを見ると、俺のスッキリしない変な気持ちは、ちょっとどっか行ったらしかった。
「人質は、寝てろよ」
「やだなぁ、今は充分カームの方が人質っぽいよ?」
声だって一週間くらい聞いてかっただけなのに、妙に懐かしい気がする。
そのもう少し奥で、カンダタが溜息を吐いて斧を腰に差し直す。何故だか攻撃してこないことに安心して、もう一度エリーの顔を見る。
「……おはよう、お姫さま」
エリーはふ、と笑って「おはよう」と返す。

そして、少し笑みを隠して小さく「ごめん」といった。

それを言うな、アホ。言いたいのはこっちなのに。
「うん……じゃあ細かい話は後でするからね。さ、早くこっから脱出だ。スラムの子にもごめん言わないとね」
「あ、えっと」
「情けない顔してないで立って、ほら」
そうじゃなくってだな、まあ良いけど。そしてそのままの笑顔で、その手を差し出す。動く左手で掴もうとすると、「えいやっ!」って元気一杯に、さっきまで踏まれてた右肘を引っ張り上げられた。
「それダメヤバイって、あ」
ポキン!

オーマイガッ?!

引っ張り上げられるのと同時に、さっきまでかろうじて繋がってたんだろう右肘の骨が快音を上げたのを聞き届けて、俺は立ち上がる寸前でへなへなと崩れ落ちた。
「?どーした?」
「ちょ、タンマ、腕見っ……」
「腕?あ、あー。あははははは?」
「笑い事……かっ!」
喉がひゅーひゅーいうのはさっき治ったけど、それでも絞りカスのような声で突っ込むそんな自分がかわいそうで仕方ない。恐る恐る右肘を見ると、ぷらーんと頼りなくあるべき方向とは逆方向に向かって俺の腕は曲がってた。
そーっと、エリーは何事もなかったかのように俺の腕を床に置く。
「さて、もう一眠り……」
「感動の再会シーンで人の腕折っておいて良くそんなことが言えるな?」
がしん、と今度こそ自由な左手でエリーの腕を掴んだ。
「やっやだなー、冗談だって。……三割は」
「やけに少ない!?」
くっそ、手負いに何度も突っ込ませるんじゃねぇこのアホ!
「あのー、俺はどうしたらいいんだ?」
ああ、カンダタ忘れるところだった。
つかなんでこいつは攻撃してこないんだ?普通人質が自由になったら必死になってそれを邪魔したりするもんじゃねえのか。
「どうもこうもないじゃん?見ればわかるでしょ」
心底呆れた、って顔でエリーは言って、カンダタも「まぁな」と返して苦笑いした。
何で……。

「儂ら相手に1人で勝てるか、1つ2つ手傷を負わせて、その後自分が廃人となる覚悟があるなら相手をしてやるが」
声のした方に振り返るとジンがそこに立っていた。そして、
「その通りだぁ!」
「いーやー!」
なんか正反対の言葉を叫びながら、ジャイナがスフィアをおんぶしたみたいな物体が走ってきた。「それ」の下のヤツは俺の前まで走ってくると、肩で息をしながら顔面流血の俺を見てにこにこしている。
「……ハジメマシテ?」
「いやいや僕だよ、カンダタに殴られすぎて忘れた?あ、エリー久しぶり!」
にこにこしながらびし、と手を出して挨拶するジャイナ。……なんかこの顔もすげー久しぶりな気がする。エリーはそんな2人を見ながら、
「相変わらず軽いよねあんたは」
「うん♪」
ジャイナの答えに、
「……責めない?」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で訊いた。
「そんなの僕の趣味じゃないしね」
ジャイナ、お前軽いなぁ。
「……そっか。んー、で、えっといつの間に2人で1つになったの?」
「っ降ろして!今すぐ私そこから飛びますから!」
壁のない方を指差し、泣き出さんばかりの勢いでスフィアは抗議するのにエリーはなんか嬉しそうに見てるだけで、ジャイナも聞く耳持ってない。何て言うかアホだなこいつらは。
「……ごほん」
決まり悪そうに、カンダタは咳払いする。
「ああ、悪い悪い。何だ?」
「じゃああれか、あんたら勢揃いってこた俺の選りすぐりの部下は全員殺されたのか?」
控えめな割にドキッとするカンダタの言葉に、全員同時に首を振った。俺はそれを見てほっと胸をなで下ろす。でも、
「僕は焼いて蹴って気絶させて」
「死なないか?それ」
「儂は甲冑砕いて殴り倒した」
「お前馬鹿じゃねぇの?」
男性陣の言葉には流石に冷や汗が出た。
「……私は手刀で」
「わー、こんな女の子もっ?」
で、スフィアの言葉にエリーは感心したように手を合わせる。……おいおい。
「みんなタイマン?」
「「「そう」」」
「だけど」「じゃが」「です」
うーわーそれじゃあ負けてたの俺だけじゃん?
「早速かっこわるいな、勇者様」
「敗軍の将は、黙ってろ……」
カンダタが妙に嬉しげに言うのにふてくされて、取り敢えず痛いのが嫌になったからホイミ唱えてちょっと痛みを抑える。腕はどうにもなんないから左手で支えるだけ。なんとか自分1人、普通に立てるくらいには回復してんだが、いつの間にかおんぶをやめてたジャイナに支えられた。そしてぽんぽんと、肩を叩かれる。
……お前はこういうときに何も言わないから余計に俺の情けなさが増すんだよ。
ジンもジャイナもスフィアでさえもみんな勝って、だから俺の右手はまだ繋がってるんだ。相手が敵の頭だったからって言っても、出来の悪い言い訳にしかならないな。
くしゃりと1束、頭環に掛かる自分の髪を掴む。
「あーもう」
くそ。




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