Fantastic Fellows1 - Calm
「カーム」
……あと五分待ってくれ。
「カームったら」
ったく、昨日夜中まで王にしごかれてっからしんどいんだっつの……
「……母さぁん?」
俺がけだるい返事を返すと、ふぅと軽く息を吐いて母さんは言う。
「おはよ。あんた今日は旅立ち許可を王様に頂きに行く日でしょう。そんなのんびりしてていーいーのーぉ?」
「あーもーわかって」

おなじみの「分かってるって」のせりふの途中だったんだが、ベッドの横の壁に掛かった丸時計がたまたま目に入ってアゴが抜けるかと思った。

……現在9:29。

サ―――。

顔から血が引く音が聞こえる。
今多分俺の顔は紫を基調とする色の配置に変わっているはずだ。
…人間じゃありえない色だが。
重い布団を取っ払い、俺は息せき切って聞く。
「ち、ちなみに謁見は何時でございましょうかお母様?」
なんだこの丁寧語。つかなんか声震えてるの、自分でもわかる。頼む、頼むからウソだと言ってくれ。
「9:40。あー遅刻したら出国許可取り消し+王様直々の懲罰だって。どーするー?」

マジなのかい?

とにかく着替えを……洋服タンス……勇者の出で立ちっつってたからマントに旅人の服に頭環か。って統一性なさすぎじゃないそれって。

あああああもう!

どうにもこうにもこののんびり母に腹が立って俺は叫ぶ。
「軽っ!もうちょい心配しろってか起こしに来るの遅ぇ――!」
絶叫して、そのままわたわたと旅装束に着替える俺に母さんはけろっと言う。
「春だし気持ちいいんだもん。そんなの知ったこっちゃないわよ」
……あーもう、頭環がどこ行ったかわからなくなっちまったろうがよ!

もうこの親は知らん…!

腹の中で言わせて貰うと、いつでも無責任というか楽観的というか軽率というかのんべんだらりというか……無頓着。
ああ、ぴったりだよこれ。そう、飛んでもなく無頓着なんだ、ウチの母さんは。
あー頭痛てぇ。
なんせその血が俺の中に流れてやがるんだものな。
確かこの前夕食にオムライスを作るとか言い出してすごい期待して待ってたら、出てきたのはなんか卵の量が異常に多いチキンライスだったしな。
母いわく「いやねぇ、なんとなーく面倒だったからもうごっちゃにしちゃおう☆ってことになったのよ〜」。
……マジで頭痛てぇ。父さんも結構苦労したんじゃないか?
まあ何だかんだ言っても寝坊は俺のせいで、断じて母さんのせいじゃない。んだけど文句くらい言わせろ。なかなか上手く嵌らない頭環に悪戦苦闘しつつ、俺は変な怒ったような顔になっちまう。勘弁してくれ。

とにかくぼーっとこっちを眺めてる母さんはおいといて、髪が寝癖で鳥の巣なのももうほっといて頭環を嵌め、勢いよく窓を開ける。
ふむ。今日は快晴か。
今日も街は明るくごった返してる。
北東の方に見えるのがこの街の商店街の中心地だ。日常雑貨から旅人のための武器防具屋までずらりと店の看板が並ぶ。
ああ、そろそろ店も開き始める頃なんだろう、人が朝の眠い雰囲気から抜け出してある人は笑い、ある人は怒ったような顔で歩く。こうやって人を見るのも、昔から好きだった。

おっと、こうしている間にも時間は過ぎる。
「朝ご飯出来てるわよぉ?もう行くの?」
「んなもん食ってるヒマあるか!?」
「昨日の残りのカレーよぉ?大好物の」

くっ……素直に腹が鳴ったぞ畜生。

「ええい帰ってから食べるわぁあ!」
もう時間的にはホントギリギリだし、
泣きじゃくりながら俺は――――二階の窓からダイブした。
「っりゃ!」
おお、この感じこの感じ。

ウチは結構二階の窓が高いところにある造りだし、もともと大きめの家なんで正直、高い。
隣の八百屋の木の板の屋根が斜め前に迫ってくる。
なんか見た目は飛び降り自殺だ。題名は「アリアハンの勇者・ノイローゼで飛び降り」くらいか。……カレーで死ぬとか本気でシャレにならん。
でもなあ、あれだぞ?本気でそんなヤツいやがるからなあ最近は。
あ、それってウチのじいさんだった。確か……ああ。
金の差し歯無くして首吊りかけたんだっけ。
まっまあいいとしてさ、自分は急降下の真っ最中なんだけど、通りにはもうこんな時間だしやっぱ通行人も居たわけで。
この人たちからしたら本気で自殺に見えるだろう、頭から真っ逆さまだからな。俺だっていきなりそんなヤツ見たら正直怖い。
悲鳴を上げる人もいたが、いつものことだと面白そうに眺める人もいるのが救いというか何というか。
「おいカーム、遅れんじゃねーぞ!」
八百屋のおっちゃんが威勢の良い声を上げてくれやがった。
最近ハゲの目立ってきたオヤジさんは、商店街でときどきカツラ専門店に足を伸ばしてるらしい。キラリと眩しい薄い頭が目に刺さる。
人それぞれ、ってか。
おっさんには文句の一つも言ってやりたいが、まあいいか。俺意外と遅刻は少ないから大丈夫だ。
「あいさっ」
そう短く答えて気を集中した。あんま長い台詞吐く余裕は無い。

でも……まあ。

なんかこんなことを平気で出来るところが、悪ガキの度胸ってモンだろう。
「風来たりて穿て空 我導く導となれ――ルーラ!」
地面スレスレで呪文の発動と共に体がグイッと上に引っ張られる。

おえ。

最初この呪文を憶えたときなんてもう、思い出すのもイヤだ。
なんの気無しに使ったらどっかわからない森に着いて一日中さまよい歩いた。暗闇の森林。大人もだれもいない。それで大ガラスが意地悪にだみ声で鳴きまくり、俺は泣きながら木刀を振り回しつつ森を脱出した。
もう二度とあんな思いはしたくないし、そのお陰でモンスターにはめっぽう強くなった。
ってそんなことは良いんだけど。
まあそういうことだから失敗は許されないし、地獄の修行の甲斐あり狙ったところに飛べるようにはなったってとこだ。
そして俺はこの国で一番大きい建物へと一直線に飛ぶ。
目指すはアリアハン城。この国で一番綺麗な建物だ。
立派なレンガ造り、張り巡らされた綺麗な水が貼られた堀。どれをとっても、この城の建築士はすごい人だってことくらい、すぐわかる。
で、城内を説明すると、まず言えるのはアリアハン城は国民に開かれた、公共物の一つに過ぎないんだってことだろ。
いばりくさった王がふんぞり返って玉座に座ってる、そんな姿を想像した人は残念だけど間違い。まず予約さえすれば王への謁見は無料だし、国立図書館なんかの公共施設もこの中だったりする。すべてはあの王の独断で臣下はかなり大変らしいが、なかなか上手くやってるんじゃないかと俺は思ってる。なにより、平和だ。王がいばらないのは、悪ガキ軍団にとってもなんとなく都合が良い。

飛んでいるといろんなモノが見えた。
下は商店街の屋根が色とりどりに太陽の光を浴びて輝いて、大通りには子供から大人まで、牛車に跨る人から裸足で歩いてる人まで様々だ。なんでルーラ中にこんなん見えるかって?
簡単。慣れだよ、慣れ。
風は遊んでる見たいに俺の頬を掠めて走り抜けていく。何人かのおばさんや子供が俺に手を振った。


俺はもう旅立つんだなあと、なんとなく思った。


まあそんなわけでアリアハン城に着き、俺はダッシュで王の間に駆け上がったわけだ。その間、着替え諸々含めて約8分。汗が赤い絨毯に滴る。我ながらやれば出来るものだと心の中で感心する。
必死の形相でたどり着いた部屋には、もうすでに大勢の人間が収まっていた。
「ほう。間に合ったか」
玉座に雄々しく座る王。いかついツラでヒゲ面、そしてデブ、もとい少しお太りになっては居るが、国民から「お父さん」と慕われる男。民想いの名君だ。
アリアハンにこの男がいなかったら、おそらくこんな落ち着いた良い国にはならなかっただろ。俺も2年前のことでいろいろ世話になったからな。
あの無茶な航海のせいでアリアハンが四方八方に出した「勇者捜索隊」。この不運な人間達をなだめすかし、労ったのも王様。
ランシールについてもう動けなくなって神殿で引き取って貰ってる俺等を直々に譲り受けに来たのもこの王様だった。
あのとき俺は余計なことすんな、とか甘ったれた生意気な口を訊いていたが、はっきり言ってバカなこと言ってたと思う。今年16になって、自分が大人っていう立場になって、やっとそれがわかってきた。今は世話になったことについてものすごく感謝しているし、迷惑を掛けた分この人のためならっていう気持ちがある。
俺にとってもこのオヤジは「お父さん」、だ。

そうだ、俺の剣術はほぼ王直伝なのはみんなに良く知られてることだけど……王様が剣術なんてピンと来ないだろう。俺だってそうだ。
でも、あのオヤジは違った。アリアハン王は、その丸っこい体躯とは裏腹に、王らしくない実戦向けの剣術の達人で兵士長の腕をも軽々しのぐ。特に王の横薙ぎの威力は凄まじく、何本木刀を叩き折られたか分からないくらいだ。
そのくらい、武術に関してもすごい。達人。申し分無え。俺も初めはコテンパンにやられて悔しい思いも何度もした。
まぁ悔しいとか思う暇無かったけどさ。骨折4回脱臼23回に脳震盪は数えきれず、だし。
そんな地獄の経験もあり、剣術は死ぬ気で覚えた。攻撃は最大の守りであるっつーの?ホントだよ、アレ。守りに入ったら即負けるんだから。
そんな血あり汗ありで最近はなんとか3本に1本取れるようになった。つってもまだ手ぇ抜かれてるの分かるのが悔しいんだけどさ……。
要するにこの丸い狸が文武両道の完璧な王。
説明するとそんな人なのだが、その、なんだ、少々茶目っ気がある。
やっぱりこの状況もいかにも奇跡的なことの様に言うのがまた腹立つところ。こっちは汗だく、寝癖もそのままだっていうのに。あ、そうかそのせいか。状況確認します。
敵勢力補足。

大臣の目はちょっとギラついてる。アウト。
姫は汚いもんでも見るような顔で。あは、駄目だ。
んで来賓はひそひそ話?はっ、死んだ。
なるほどこの周囲からの痛い視線もようやく理解した。
「9:38分じゃの!オッケーじゃ、まず許可を得る権利は与えよう!」
「ありがとうございます。では早速……」
「そこでじゃ」
さっさと逃れようと思ったけどそうはいかない。このオヤジいつも通り計算ずくだ。どうせ俺は掌の上でタンゴでも踊らされてんだろ?
しかも俺に二の句を継がせない辺りめちゃくちゃ怪しいし。
良く見たら、大臣も溜息を吐いている。もちろん良く見ないと見えないように、だが。
以前こういう雰囲気になったときは稽古中だったのだが、そのときは強制的に堀の水路を泳いで10周させられた。理由?そんなの王であり師匠だからに決まってるじゃないか。逆らえないんだよ、この爺には。


……このクソ爺め。半分殺気、半分憂気……そんな目で睨んでいると、案の定ニカッと笑って言う。
「皆の衆にそなたの力披露してみぬかっ?!」
――来た。
てかマジか。
もし負けたらどうすんだよジジイ。勇者として旅立てないって。ここまで来てサブとして人生を全うする訳にはいかないんだけど、俺。
なんとかそれは逃れるために、俺はバカみたいに礼儀正しく申し入れる。俺はこういう上がるとこは大嫌いなんだ。じっちゃん、あんた知ってるはずだろう。
「恐れ入りますが、王?そればかりは……」
「ほっほ。来賓もそなたの登場の仕方で軽く引いておるしの。そして、もしやらねば許可証はやらんぞ♪」
「!」
間髪入れず玉座からゆっくりと降り、耳元でこそっと爆弾発言をかまされて俺は強制的に沈黙させられる。
「どうじゃな?」

この狸。後で憶えてろよ!
「……ぜひ。喜んでお受けいたします」
「よぉーしよく言った!」
周囲からどよめきが上がる。拍手してる気違いまでいるよ。
だからこういうの苦手なんだって、じっちゃん。縋るような目線を向けたが、無視。こんちくしょう。
「カームには国外無断外出の前科があるからのう。こんくらいするのも当然じゃて」

やはりまだ根に持ってるらしく、今度は少し怖い目で見られる。玉座に腰掛ける王の姿が急に大きくなった、気がする。
……無理もない話だけどな。
勇者の卵が無断で国外に行くなんて、今の世界情勢考えても飛んでもない。
ましてや船旅。ましてや剣術も習い始め。ましてや仲間は子供。ましてや……数え切れない。もう本気で何故死ななかったのか俺自身不思議でならない所だ。無責任とか言うな。



でも、あのとき……俺は……




「これ、いつまでボーっと跪いとるんじゃ。相手はもう目の前におるぞ」
そう言って、王は俺の目の前に抜き身の鉄剣を置く。
最後通告。そういう事になんのかな、こりゃ。
言い方は悪いがそういうことで、どうしてもやらなくちゃならないらしい。
まあお遊びみたいなもんで済んでくれたら一番良いんだけど、俺負けるの嫌いだし本気の勝負だったら本気でやっちまう。

ま。
たまにはいいかもな?

俺は右手でその剣を奪うように取り、立ち上がって細身だがしっかりしている諸刃の鉄剣を真っ直ぐ相手に突き出す。
もちろんこんなのはデモンストレーションだ。残った左手を腰に当てて、俺なりに声を張り上げた。
「わかりました。王直々の鍛錬の成果、ここで皆様方に披露致しましょう」
ベタな台詞だが、聴衆からは歓声が上がる。

……大臣に至っては頭を抱えてそろばんをはじき出したが一応無視しておく。すまねえ大臣、あんたの薄くなった毛の去っていった原因は、半分王で半分俺なんだと思う。勘弁な。
八百屋のおっちゃんにいいカツラの店紹介してもらえ、な?
一応個人のプライバシーだし黙っておくけど。

どうやらみんな冴えなかった勇者からは裏腹の頼もしい言葉に湧いた様だが、気付いた人間は居ただろうか。今の俺は足の感覚が無くなるくらいガクガク震えてるんだが。
相手はいつやってきていたのか、2,3メートルという短い間合いに、真っ黒なフードで顔をすっかり隠して突っ立っている。
なんだこいつ。その疑問を聞き入れたように、クソ爺……もとい、王が叫ぶ。
「では相手をしてくれる御方をご紹介しよう!その名も、ジャイナ・アルフレイ殿!ポルトガ出身の魔法使いじゃ!」
「あ、そう。じゃあよろし……ってえええ!?」


目の前には、今フードを取った―――ああ、こりゃもう間違い無いな―――二年前より身長も伸びて、たくましく成長したジャイナが、でもくしゃくしゃの髪の毛は以前と変わりなく、そしてやはり以前と変わらない屈託のない笑顔を向けて立っていた。
……何しに来た、テメエこら。
酒場で落ち合うんじゃなかったかーい。
「お手柔らかに。勇者様♪」
「ようし、決闘の準備じゃ!」

俺の由り知らぬところで着々と準備は進む。面食いのおばさま方がたちがジャイナを見てきゃあきゃあ騒いでる。あいつの顔はまあ折り紙付きの美青年なんだけどさあ……あんなツンツンのハリガネ頭のどこが良いのやら。
俺の剣はまだ前を向いたまま。そのまま、苦笑いして呟いた。
「……なんでこうなる?」
ジャイナはこちらを向いてやっぱり苦笑いを返し、だけどまたフードを深く被り直した。



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