Fantastic Fellows2 - Calm
仕方なく、俺はトボトボジャイナの後を付いて大階段を下りることになった。
ジャイナはまたフード付きの真っ黒のローブをすっぽり被ってる。良くそれで前が見えるもんだよ。
「邪魔じゃないの?それ」
「……」
何も言わない。なんで?
「ねぇ。……おい、どーしたなんか変なもの喰って腹の調子でも悪いんか?」
「っ違うよ!」
小声で、周りの様子でも気にしている様にジャイナは言う。
おかしいな、前に王がどしんどしん歩いてるのはわかるけどそんな気にすることなのか。思わず俺も小声で言ってしまう。
「なぁ、ホントどうしたの?」
ジャイナは少し困ったような顔になり、そのフードを深く被った頭を寄せて呟く。
「王の命令でさ、会話は厳禁なんだよ……ほら、どうも真剣勝負しなきゃダメみたいだし」
八百長は無理なんだ、と付け足してこいつははにかむ。
「なるへそ」
真剣勝負、ね。

ドが付くほど派手な正面階段を下りきって、これまたでかいホールに出る。
昼間だというのに燭台にはロウソクが燃える。横目でそれを見送って、そんなに長くはない廊下を無言で歩く。無骨な、でもやっぱり壮麗な石造りの壁が、今はなんかイヤな感じで俺に迫ってくる。
いつもとは雰囲気の違う城内だ。
今から向かうのもいつもの修行場所だった堀に面した広場だってわかってはいても、やっぱり俺は鉄の剣を背中に持ってる、それだけで違う。
緊張する、コチコチになる、頭の中が真っ白になる。
ジャイナが小声になるのも今ならなんとなーくわかるな……。
つかあいつはもう気構えは出来てるのかも知れない。もうこっちより遙かに落ち着いて、俺を今だけ「敵」だと思ってるのかも知れない。

もしそうだとしたらダメだ、勝てやしない。勝負は気構えで大分違ってくるもんだ。いきなり今日聞いた俺と、前々から知らされていた者とじゃ、天と地の差がある。無言で、でも徐々に俺は自信を失っていく……

っておい。
イヤイヤイヤいかんいかんいかんぞ!

何気圧されてるんだ、俺は。気合だよ、気合。でも、その広場が見えた途端、その不安と緊張は蒸し返されて、やっぱり戻ってきてしまった。刃のある剣が……背中に重い。
真剣勝負。考えただけで頭がふらふらして、壁の色がぼやけた。

重さが、ようやくわかってきた。俺がこれからの旅で出会う「戦い」って言うのは、こういうものなんだ。

開け放たれた外への入口を抜けると、日の光の暖かさが、なんとも間抜けな感じで俺に降ってくる。
芝生は同じように整備されて綺麗だし、俺の付けた深いみぞもそのまま。これはたしか…そうだ、王の横凪を初めて受けたときに片足で踏ん張ったせいで出来たんだったな。衝撃で芝生がえぐれちまったんだ。良い思い出、とは言いにくいな、これに関しては。
そんなことを思っていても一向に気分が楽になる訳でもなく、仲間になろうって男と真剣勝負させるなんて、どこまでこの王はアホなんだとかいう考えが頭に渦巻いてる。だってそうだろ、間違ったこと言ってるか?俺。
「ぃよし、ここで良いな2人とも!ご来賓の方々はあっちの入口に柵を設けたから、そこから見れば安心じゃ。では…そうじゃな、真剣勝負に際して、注意をひとつ」
ジャイナと俺は並んで立って、仁王立ちしている王の次の言葉をじっと待つ。
もったいぶって王冠の乗った頭を振り、いきなりきっとこちらを見る。
「手を抜くな!相手を本気でぶちのめす気でやれい!」
うっわ、王がこれじゃ……どうしよう。きょろきょろ見回すが、助け船は、無い。
いつも助けてくれる王も、今日は試合開始の手を振り上げるだけの赤の他人だ。
「畜生、なんなんだよっ!」
「……」
ジャイナは無言、俺は毒づいて後に飛んで距離を取る。

緊張で、痛い。
体がコチコチになる。

王の手は、振り下ろされた。
始まったのに動けない俺とは裏腹に、ジャイナが一瞬で間合いを詰め、そして、そして……いかん、無理。
「地に住む嵐 空を求めて暴れ狂う!」
これは……ええと……
「イオだよ、ぼーっとすんじゃない!」
目の前で空気が炸裂して、俺は後に吹っ飛んだ。
やべぇ、粉塵で前が見えないっ!
「どーしたのさ?」

とぼけた声で、横っ面をおもっくそ殴り飛ばされた。

プッチーン。

「てっ……んめぇこのぉ!」
それでようやく俺は背中の剣を抜いた。
「ぶっ殺す!」
「まだ殺すなよ」
同時に飛んできた火の玉を素手で叩き落として突っ込んだ。
「攻撃は最大の防御だっ!」
「ウソッ……そう言うあんたはバカだ!?」
下段に構えた剣を、力一杯斜め上に撃つ。
済んでのところでジャイナはかわすが、ローブには大きな切れ目が入る。
へっへ、これでおあいこだ。
「もー、こんっりんざい、手加減はしてやんねえからなっ」
ジャイナもニヤリと笑って返す。
「望むところだよ」
同時に芝生を蹴り上げて、突っ込んだ。


ジャイナが幾度か呪文を撃ち、俺が剣で払うという客からすれば切羽詰まった応酬を繰り返した。
足が痛い。
剣を持ってる腕が痛い、メラを払った左手が痛い、ジャイナの拳をまともに喰らった頬が痛い。他が痛くないのがせめてもの救いだ。と、そのときジャイナはもう右手を、
「紅い音掻き乱すは 沈黙の鵺(ぬえ)の悲泣っ!」
「チィッ!」
まずい!
「メラ!」
今日何度目かの呪文を聴いて、その次の瞬間、ほぼゼロ距離から放たれた火球が俺の耳元をよぎる。熱さに顔をしかめるが、ジャイナは目の前に―――いない。植え込みが見えるだけ。

はっとしたときには、遅かった。

「余所見すんじゃないよ!」
「っッ!?」

死角からアゴを突き上げられて、一瞬視界が真っ白になった。やっべ、霞んで……

ええい、まだまだ!

倒れ込みそうになるが、死ぬ気で奥歯を噛み締める。鉄のような血の味がする…けど、気をつなぎ止め、なんとか浮いた片足を思い切り地面に踏み込んだ。
「っくああっ!」
気力でそのまま剣の柄をジャイナの腹部に叩き込んで、俺はすかさず後ろに飛んであいつと間合いを取った。
ジャイナは油断してたらしくしばらく苦しそうに腹を押さえ込んでいたが、俺に比べりゃマシだろう。なんせジャイナが3人もこっちを睨んでる。
アゴのダメージはかなりでかいらしく、さっきから体中から嫌な汗が出るのが止まらない。両手で剣を持って立ってるのがやっとだし、ふらふらして気を抜くと膝をついて崩れ落ちそうになる。剥げて剥き出しになった土の色が、やけに目に染みる。
「……さて?」

今、何時だ。

時間の感覚は最早無いようなもんだ。太陽の光も、もう気にならなくなってきた。
汗が、一粒また一粒落ちては消える、そんなささいなことの方が気になる。ジャイナは次どんな魔法を打つ。それで使う体術は?間合いはどれくらいがベストだ?「きゃー!勇者様頑張ってぇー!」
……こちらも魔法を使うべきか?それとも、「魔術師殿も負けるな!行けぇー!」

……。

あんたら何しにきたんだ。

来賓の野次馬精神旺盛なオバサンやオジサンはここの入口に付けられた柵の所に押し寄せて、固唾を飲んで俺たちの戦いを見守ってるのがめちゃくちゃ気に入らない。
王の客なんだし、そりゃ偉い人ばっかだと思うけどさあ。
「はあ……」
仕方ないと言えばそれまでだが、ジャイナが魔法を撃って素早く体術を使う度、そして俺がそれをかわして剣を振るう度、「おぉー!」とか「危ないっ!」とかいちいちうるさくてしかたない。ジャイナの方もうっとうしいらしく、その度に小さく「うるさいなぁ」とか呟いてるのが口のカタチで分かる。俺たちの真剣勝負が見せ物になってる様で嫌な感じだ。
まぁそんなことはどうでもいいんだ。本当に。

問題はジャイナ。この野郎、滅茶苦茶に腕を上げてやがる。二年前、航海してた頃は1日メラを五発撃つのがやっとだった様なヘタレだったのに、さっきからメラなら二十発以上、イオもギラの中級魔法ベギラマも何発か使ってきてる。それなのにあいつの魔力が底を着かないということは、きっと俺のように地獄のような特訓をしてきたんだろう。
俺もそうだが、お互い良い師匠に恵まれなかったみたいだ。まあそうでもないと魔王退治なんてやってらんないか……王の爺が言うには、「カームが勝てばジャイナ君を連れて行っても良し、負ければ別の人を捜せ」。理不尽だがまぁこういうことだから、負けられない。
こいつ以上の魔法使い、いやそれ以前に仲間としてこんな奴今どこ探しても滅多にいない。偏見かも知れないが多分間違ってない。ジャイナもそれは承知で、でも手は抜かずに戦ってる、と思う。
手ぇ抜かれたら俺がキレることくらい知ってるはずだし。
とにかく小休止みたいになったので、軽く遊んでみることにした。
「おいこのハリガネキュウリ」
「なんだイタチ小僧」
 イタっ……畜生、なんだよ結構効くと思ったのに。
「ちっ、まーいいや。それよかなんだよそのチマチマした攻撃はよ。男ならどーんと一発必殺技で来やがれ!」
「うっさいなぁ、これが僕の戦法だよ。しかもそのチマチマした攻撃、しっかり喰らってんじゃん。さっきだってフラフラしてた癖に」
「あんなん油断しただけだ、ホントは全ッ然痛くなかったね!」
「しかも大振りしまくった剣は掠り傷ばっかで、てんでまともに当たって無いじゃん。さっきのも柄だし」
「バカ野郎、致命傷になったらヤバイから斬撃は囮なんだよ」
「……イタチ小僧からオオカミ少年に格上げだね、こりゃ」
「次から次に口が減らねぇなぁこんちくしょう!」
本当に頭に来てるとこらへん、俺はやっぱガキなんだろう。でも久々にこうやってケンカ腰で話せるのって、嬉しいのは俺がやっぱガキっていうことだろうか。
あれからジャイナはダーマに修行に出されたらしく、俺たちはお互いに手紙すら書けなかったんだ。

ジャイナは俯いてふっと笑い、芝生を踵でぐりぐり踏んだ。まるで紙タバコの火でも消すみたいに。もうクセになってる仕草なんだろう、こいつタバコ好きだから。
俯いたまま感慨深げに、言う。
「ったく、久々に話したと思ったらこんな内容か。僕もお前もお互い成長無しみたいだな」
「ははっ、二年じゃ脳みその中身まで変えられないよ」
俺も言って、お互いニヤリと笑う。こうだから、何て言うか。

止められないんだ。
ジャイナは顔を上げて言う。
「僕はお前以外の奴と旅をする気はない。だけど弱い奴と手を組む気もない。だからさ、次はマジのマジ。本気で行くから」
そして、続けてこう言った。
「僕に勝ってみなよ」
そこまで言われたらこちらも全力でやらせて貰うしかない。
「言いやがったなテメェ」
そういってまた俺は剣を構えた。

まぁ、こいつは剣術じゃないんだが。
「何をぐちぐち言っておる!早く続けぬかぁ!」
「あたた、王に怒られちまった」
「長話は災難の元だね」
命を取り合うような真剣勝負の場だってのに間抜けなやりとりを俺たちは交わす。

「じゃ、そろそろやっか」
「僕はいつでもいいぞ」
……よし、もう来賓なんて気にするか。とばっちり喰らった奴は出てこい、後でホイミでもかけてやるよ。
今俺は全意識を剣持った右手に集中してる。今の俺では本当は打てない呪文だ、暴発したら大惨事になりかねないし絶対に成功させるしかない。
もう周りが白んで見えてきて今見えるのはジャイナだけ。あいつももうとっくに準備は出来てるらしい。

行くぞ、ラストだ。


「この呪文が俺の全力だ。いざ尋常に勝負!って奴だな」
俺はおどけて言う。と、
「じゃあこっちも特大の火炎をお見せするよ」
また二人して笑うが、その笑顔は次の瞬間同時に消えた。

純粋に力と力の勝負。逃げたら男が廃るってもんだ。
俺もジャイナも大声で呪文を唱える。先に唱えたのはジャイナ。

「其れ行く道に色は無く ただ灼熱に己が身を焼く!」
ジャイナは、両手を前に翳して叫んだ。
「メラミ!」
大人1人分は有るだろうか、とんでもない大きさの火球がジャイナの掌から生まれた。それを見て俺もすかさず唱える。
「轟き哮る光の刃 見る者総じて滅ぼさんッ!」
勇者だけが使えるとされる伝説の呪文。そう魔導書に書いてあったものだ。

「勇者」。誰でもなれるわけじゃない選ばれし、人間。


俺が勇者なんて、そんな風に思ったことはない。

実績もないし死んだ父さんのように勇敢じゃない。

だから俺がこれを発動できるかどうかは分からない。でも、どうしても信じてやるしかないんだ、こいつと一緒に行くためにも。


お願いだ、発動してくれ……!



「ライデインッ!!」


耳をつんざく雷鳴の後、迫ってきていたメラミを散らし、雷撃がジャイナを貫いた。

「……ははっ」
何故か笑い、ジャイナは芝生へと無造作に崩れ落ちる。
ローブからは微かに煙が―――大丈夫なのか!?
「ジャイナ!」
駆け寄ろうと思ったが、足を出そうとしたその瞬間、フッと景色が消えた。分からないが、どうも俺は芝の上に倒れ込んだらしい。
……ああもう。


やっぱ力量不足だ。
そう思って、俺の意識は消えた。





気が付いたら、真白な天井が俺の目の前にあった。
「なっんだ……う!」
痛い。
すごく、とてつもなく、尋常じゃなく、とにかく、痛い。
声が掠れるほどしか出せない。出したらやっぱり痛いからだ。
体を動かそうとすると、全部の骨が軋むように悲鳴を上げる。
……副作用?
自分で思ったが、何の副作用かわからない。

ウソ。わからないとか思った自分に笑える。
「ライデイン、か」
絶対そうだ、あの呪文の副作用に違いない。俺は未だにギラがやっと使える位なのに。
ベッドの白い布団が重くて、痛みに耐えながら寝返りを打つ。すると目に入ったのは、青い、簡素なマグカップだった。
入ってるのは液体。それ以上は言えねぇって。ヤバイよこれ、色が。

黄土色だ。

……げろ。
困ったなぁ……なんか紙貼ってあるんだけど、「絶対飲め!」だってさ。ベッドの横の机に圧倒的な存在感で存在するその謎の液をしばし眺める。うえ、ニオイもやばいよこれ。
「飲みたくね……」
とりあえず、今のところは気付かなかったということにしておこう。

『じゃあ、またここで』

ジャイナだ。確か……そう、アリアハンに連れ戻されて、ジャイナは怒られながらポルトガに帰っていくんだ。
『うん、待ってる』
『今度は堂々と行こうぜ』
エリーも俺も、確かそう言葉を返した。

2年前、10月の肌寒い夕暮れ時だったはずだ。アリアハンの商店街を抜けた人気のない並木道で俺たちは簡単に、でも確かに約束したんだ。
その誓いを果たせるかもしれないと思うと、俺はなんだかたまらなくなってくる。動けないって言うのに。変なカンジだ。
「なんだよニヤニヤして気持ち悪いな」
聞き覚えのある声。この真白い部屋の、俺の横のベッドだ。
ぼさぼさの髪に片手を当て、本を読んでいるジャイナが居た。
全く、俺がいつニヤニヤなんかしたってんだ。痛さを我慢して首だけ横に向け、取り敢えず俺は言う。
「……うるさい……お前こそ……大丈夫なの、か」
「僕があれくらいで死ぬか。つかお前の声聞いててもわかると思うんだけどさ」
頭をボリボリと掻く。こいつの、困ったときに良く出る悪い癖だ。ちらりと横目でこちらを見て、またジャイナは分厚い本に視線を戻しながら、言った。ずいぶんはっきりした言い方で。
「大変だったのはお前の方だ」
え?
「お前、明らかにあの呪文使うにはレベル足んないだろう」
「……んでわかるんだよ」
声出すのも痛い。
「あの後僕はすぐに回復してもらったんだけど、お前は回復するのは無理だった。白目向いて痙攣して、あきらかに一気に魔力が尽きたときの症状が出てたからな。回復魔法じゃどうにもならん。僕は良くソレになっていたからよく分かるんだ。そして自分の手に負えない魔法を使うことの危険性も」
今度はこっちを見て、真剣に言う。
「どんだけ危険なことで、どんだけ周りが心配したか。お前にわかるのか」
畜生、わかったように言いやがって。このハリガネ野郎。
いきなり言葉を並び立てられて、流石にむっとした俺は、心の中で1人呟く。

そんなことは承知だ。
わかってる、いやわかってた。
一度目は発動すらせずに誰も居ないところで気を失ってるところを見つけられたんだ。
そして、今回。
発動「してしまった」。
文字通り魔力はスッカラカンだ。この痛みは予想通りだった、ってわけか。
でも、わかってた。
どんなことになろうと、な。
つか、考える時間なんてあのとき無かったしさ、その、何て言うか……なあ。
俺が俯いて黙りこくっていると、あいつなりに察してくれたのか、ジャイナは急に明るい調子で言った。
「ま、とにかく旅立ち許可も僕の同伴も決まったわけだ!もう大丈夫だよイタチ小僧」
「いや同伴って。保……護者じゃ、あるまいし」
「ほとんどそんなもんじゃなかったっけ僕のポジションって」
「……黙れジャイっ……!」
痛ってぇー……。起き上がろうとしたが、やっぱりダメ。全体から激痛が走る。
ギシッとベッドを軋ませてあえなく俺はそのままベッドに横になり、開け放たれた窓の外の景色を眺めることにした。
もう夕日が山の向こうに沈みだしている。街の様子はここからじゃ見ることは出来ないけど、もう子供は家に帰って、大人は商店街に出て晩のおかずを買っているんだろう。いつもと変わりは無い。
白いレースのカーテンが、不意にふわっと揺れた。
「良い仲間見つかると良いな」
ぼんやり呟いた。今俺は呆けた爺さんみたいな顔してる、多分。
「ああ。まあ目星は付いてるんだけど」
あちらもぼんやり呟く。そうか、もう目星は付いて、 「ってえええ!?」
「どうしたイタチ小僧」
「イタっ……なんだよ、そんな大事なことさらっと言うな……!」
天井向いて俺が掠れ声で抗議すると、ヘラヘラとこいつは言う。
「あはは。まぁいいじゃん。一緒にダーマで修行しててさ、かなりいい僧侶だよ。なんかここで手伝い買って出たみたいだし、そろそろ来るんじゃないかな」
「なん、で?」
「お前の回復してたのは彼女だよ。エリーとはタイプ違うけど、結構かわいいよ」
「……あっそ。そういや……エリーに会ったか?」
俺が聞くと、不思議そうな顔でジャイナは首を振る。
「まだ。でもそろそろ行きたかったんだよね。カームが治ったら一緒に行こうかなあと思ってるんだけど」
「そっか」

俺もまだここ最近会ってないんだ。

なんとなく言えなくて、この台詞はポケットから出してすぐ捨てた。



しばらくして、ぱたぱたと履き物の音が聞こえた。
ゆっくりドアノブを回して、入ってくる。
「ジャイナくーん、包帯取り替えで……あ!ええと、カームくん、やっと目が覚めたんですね!」
元気の良いヤツ。それが第一印象だ。まだ顔見てないけど。首捻るのも痛い。
「ああ、でもなんか体中痛いみたいで……まだ立ち上がるのはキツそうだよ」
ジャイナが俺のかわりに言う。くっそ、これじゃあ本当に保護者だな。
その女の子も、ちょっと怒ったみたいに言った。
「そうですか……。もー、2人ともやりすぎです!死んだらどうするんですかっ!」

なっ……俺の方はやりすぎた記憶は無いって!

「「だってこの」」
「イタチが」「ハリガネが」
「「手加減しないからさ」」
悪口以外のところが重なってしまい、その子はなんか呆れたように溜息を吐いてから言った。
「とにかくよかった、君が目覚めてくれて。変な名前だけど急性魔力欠乏症って言ってね、回復魔法じゃどうにもならないものなの。意識が戻ってくれて本当に良かったです」

えくぼを作って嬉しそうに笑う。

首の痛み忘れそうだ。
ああ、いかんいかん。
良く見るとこの子の目は紅く、その朱に蒼のロングヘアーが映えている。ぼーっとしている自分に気が付いて、それを悟られないように俺は言った。
「……大変、だったみたいだね」
「んーん、そんだけジャイナ君連れて行きたかったんでしょ?だったら仕方ないです。って薬湯飲んでないじゃないですか!私の特製ブレンドなのに」
「……ごめ……美味そうじゃ、なくて」
悪いけど飲めるか、あんなの。
「もう。とにかく、ヒーリングするんで待って下さいね」

良く笑う子だ。しかも何て言うかその。まぁアレだ。
そしててけてけとベッドの横に来て、俺の胸に両手をあてがって目を閉じる。どうやらヒーリングが始まるらしい。しばらくそのままで居ると、なんか体中が熱くなってきた。
なんだこりゃ。回復魔法じゃない……のか?
「行きますよ……はっ!」
「ぅおっ!」
短い呼気とともに、なんともつかない感覚が俺の中を駆け抜けた。俺もなんか変な声出しちまったけど。
なんか、体の内側からお湯を流し込まれたような…良く分からないがそんなカンジだ。回復魔法ではまだ味わったことのない感覚。骨の一本一本に、そして皮膚の一枚一枚にその感覚が染み渡る。まるで足りなかったものがまた還って来るみたいに。目が覚める瞬間と、この感じは良く似ている。
そして指先までそれが行ったころ、もう俺の痛みはほぼ無くなっていた。
不思議なもんだな……そう呟いて起き上がり、俺が手首をさすっていると、その子はほっと溜息を吐いてまた笑う。
「はい、多分これで大丈夫。魔力が定着するのを待って、あとは一晩眠れば治ります」
どうやら必要以上に外に出されてしまった魔力を、この子に分けて貰ったってとこか。そのとき、白衣の医者が焦った様子で入ってきた。
「スフィア君、至急下の階のB23室に来てくれないか、魔物にやられたキズは回復魔法しか効かないんだ」
「はい、すぐ」
「すまない、急いでくれ」
うお、医者と看護士だ。
「すげ……ありがとう。あ、そういや名前は?」
「私?スフィア。これでもジャイナ君と一緒に修行してたのよ」
このたびはお供させて頂きますよ、なんて冗談っぽく言ってスフィアはにこりと笑って、急いで部屋を出て行った。
……へー。なんか良くできた人、なんだろうか。
そしてエリーとはまた違うタイプだが、まぁその、けっこう美人。あいつみたいにガサツそうじゃないし。
「……こちらこそよろしく頼むよ」
俺の様子が明らかに変なので、ジャイナがニヤニヤこっちを見て笑ってる。自分でもそれが分かって居るあたり悔しいんだが。俺は手を大袈裟にふってそれに抗議し、そのまま不貞寝することにした。

いろいろ難しい年頃なんだよ全く。
あ、そういや治ったんだな、俺。
「なあジャイナ」
脱出作戦、開始。



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