Fantastic Fellows3 - Calm
「やっぱ冷えるな…」
「僕みたいにローブ持って来ないのが悪いよ」
俺の言葉に、暗闇の中ジャイナは答えた。まだ四月だしそりゃちょっとは寒いか。迂闊だった。あいつが黒の薄い不気味なローブを羽織ってるのに対して俺はベッドの横の引き出しに入ってた白い薄手の長袖シャツ。誰かが忘れて行ったもんだと思う、多分。
「なんか黄ばんでる」
「贅沢言わない」
「第一お前が魔法ばっか使うからだろこのハリガネのっぽさん」
「変なあだ名付けるんじゃない!」
ホント、こいつのせいだ。
新調した旅装束だったのに、上はボロボロになってしまった。お陰で滅茶苦茶アンバランスなのが恥ずかしい。


その夜、俺達は城を抜け出して路地裏に来ていた。
理由は、あいつ。エリーに旅立ちの招集掛けるためだ。

まあ、当然っちゃ当然なんだが、外出することを言うとやっぱスフィアは、
「ダメだってば!2人とも大怪我してるのよ!?外出なんて無理よ!」
なんて言って頑として譲らなかったんだが、そこはジャイナがきっちり口説き落とした。内容なんか知るか。スフィアも笑顔で頷いてたし、何を言ったんやら。
「あいつびっくりするぞ、いきなりジャイナが居るから」
「どーかなー。あいつはお前みたいにリアクションでかくないでしょ」
「でも2年ぶりの再会だろ、絶対喜ぶって」
「お前みたいに攻撃されなきゃいいけどさ」
「好きで仲間に雷撃つかこのタコ」
「でもカームさあ、なんか嬉しそうに撃ってたよーライデイン。死ねっ!みたいな」
「そんな撃ち方した覚えは無ぇ!つか喰らったテメェは笑ってなかったか?まさか」
……なんか悪口合戦になってきたような。アホなことに、俺たちの議論はさらにヒートアップする。
「んなわけ無いでしょ。誰がMだ」
「いや、そんなん言ってないし」
「言うつもりだっただろ」
「違う」
「違わない」
「違う」
「違わない」
「違……ってもうやめんか!」
「バカみたいだな」
ジャイナがさくっとまとめる。ああその通りだよ文句あっか。

なーんてやりとりをしてる間に俺たちは目的の地区に着いてた。
アリアハンの貧民層―――それがここ一帯。
要はスラムだ。

王は名君だって言われてるし俺もそう思うが、どうしても増えすぎた人口を賄えてない。稽古の休みに俺にアイデアを求めてきたりしてたし。
そんだけ切羽詰まったとこだってのに、ここに住むヤツらはみんな、明るくて良いヤツらが多い。俺も良くこっちに来ては悪ガキ集団の仲間入りをしていた。表通りで平和に凧揚げなんかしてるヤツらより、近所の番犬が眠ってるところに自作の爆竹仕掛けて、日頃吠えられる鬱憤晴らす方がよっぽど楽しかった。
……ん?なんか見覚えあるガキ集団。大抵5〜10歳のクソガキどもだ。
あれは確かエリーの子分だったはずだが、こんな夜中に何やってんだか。
「あー、アホのカームだー」
「ホントだ、バカのカームが来たー!」
「……。」
無言でジャイナが俺の肩をたたいた。見ると、口を押さえて笑ってやがる。ああ、お前今日一番の笑顔だよ。いーい顔だ、間違いないね。
「ホントだ、まだチビのまんまだー」
「チビって言うなこのボケー!」
とうとうキレた俺にジャイナは、
「まぁまぁ、子供なんだし許してやりなよ」
とか言ってなだめてくる。顔笑ってんだけど。
はぁ…ったくどいつもこいつも…!…ビークールビークール……怒りを鎮めて、俺はとりあえずそのガキ共に聞く。
「お前ら夜中だってのに……つかそれってどうせエリーの入れ知恵だろ」
「うん♪チビって言ったらキレるって教えて貰ったの!」

7歳の女の子に殺気を抱いちまった。

そしてエリーには呪いの言葉を後で掛けてやる。そう心の中で悲壮な決意を固めた。どうせ言い返されて終わろうと、言わないと気が済まないっつの。
「ほらこれお金。ちょっとしかないけど、後で何か買いなね」
「わー、お兄ちゃんありがとー!」
「やっぱチビ勇者とはレベルが違うよー」
……何とでも言え。ふくれっ面のまま、俺はそばに立ってる木造アパートにもたれ掛かった。少し腐ったニオイがするけどそんなのいつものことだし気にはならない。

やがてエリーの子分も散り散りにどこかに行ってしまってから、ジャイナが重苦しい顔になった。
らしくねーな……。
多分あいつらにすげえショックを受けたんだと思う。
だってやっぱそうだろ。
あいつらの身なりは、表通りのオボッチャマ集団を想像しちゃいけねぇ。
歯抜けの口で笑ってたガキは元は白だったんだろう茶色のサイズ違いのTシャツ。他も似たり寄ったりだ。
特に、ジャイナのすぐ横にいた女の子には右腕がなかった。
「カーム。あの……あの子って」
その女の子にさっきお金を渡したジャイナは怒ったような顔で呟く。
「わかってるよ。エリーに聞いたんだけどあの子の母親は元兵士の奥さんでな、魔物に夫が殺されて収入無くなってこっちに落ちてきたんだ。唯一の収入源が、それさ」
無い腕を見せ物にされて、哀れまれてお金貰ってたってさ。
「ここじゃあそんなの問題にならねぇよ。あいつめちゃくちゃ明るかったろ?」
「う…ん…」
そもそも初めてここ来るヤツはびっくりすんだろうな、まずスラムだってのにあいつら絶対、
「物乞い……しないんだね」
そう、絶対しない。それもエリーが教えた。実際今はエリーがあいつら養ってて、最低限のメシは食わせてる。
「あいつのお陰さ。ここのガキはどのスラムよりも優等生だぜ」
「いずれはスラムじゃなくなるかもね」
「それを願うよ」
いまは…まだダメだけど、俺たちがもしこの旅を成功させることが出来たら、もしかしたらそうなるかもな。いや、そうなって欲しいよ。
吐き捨てられたガム。多分ここを通った裕福な大人だろう。ガムなんてあいつらじゃ買えないし、もしエリーに貰ったとしても大抵もったいなくて飲み込むヤツばっかだから最近はエリーもやってないし。
もし俺が勝ったとして、そういう大人が減るんだったら。
やる価値はあるんじゃない?
「あ、そういや」
エリーのアパートどこだっけ?
俺は呆れるジャイナをつれてさっきの子供達を探した。


簡単な公園に、その右手の無い女の子が居た。他の子も一緒だった。
「なんであんなとこで寝てるんだ?」
「え?じゃあいつもはエリーのところにいるの?あの大人数が?」
「そうだよ、普通はみんな夜は川の字になって寝てるよ。全く、まーたケンカでもしたのか?」
前に一度子供が「ガムが欲しい」ってぐずったからエリーが怒ったときもこんなことあったからな。俺がそんときは宥めたんだけど。こいつら、大抵こうやって数を武器にしてエリーに訴える。まぁ大抵腹減って帰ってくんだけど、なんでこんな夜遅くまで?
公園のベンチで寝そべってる、比較的話の分かる年長の女の子に俺は話しかけた。
「どーした?またくだらねぇケンカでもしたのかよ。エリー、うちで待ってんじゃねーのか?」
ビックリしたような、変な顔で俺は見られる。まるで、なんでそんなこと言うの?って言ってるみたいに、その目は……

潤んだ。
「どうしたの」
ジャイナがそのペンキの剥げたベンチの横に中腰で座って、優しく問う。
と、遂にその子は瞳から涙を何滴か零した。
……おい。
おかしいぞ、決定的に何か。
この雰囲気は何だ、さっきの元気はどうしたテメェら。
大体この子はいつもエリーにくっついてたけど芯はしっかりした女の子だ。滅多に泣かないし、いつも泣いてる子を宥めるのもこいつなのに。胸騒ぎを覚えて俺は聞いた。
「エリーに……何かあったのか」
俺が聞くと、堰を切ったように嗚咽を漏らし始めた。その辺にいた子が何人も、何人も。さっきの歯抜けもだ。茶色いTシャツにくしゃくしゃの顔を擦ってる。女の子は、すすり泣きながらポロリと零した。今度のは涙じゃなくて、言葉だった。
「えっ……エリーがいっ、いなくなっちゃったのぉ。わっわたし達今はどうぐやで小間使いしてるけど、えりーいなくてみんなすごく困ってるっ、の……」
「おばちゃんが怖い顔して部屋に入らせてくれない…ひっぅ、寒いよぉ…」
公園にいたみんな、大粒の涙を零していた。寒いよな、そりゃそうだよな。
「ごめんな。でもエリーのアパート教えてくれるかい?僕たち、やっぱり確かめたいんだ」
「おっ大井戸の近くのわかれみちを左に曲がってすぐの青いあぱーとだよ…」
「ありがとう」
ジャイナは礼を言って、俺と目配らせする。
エリーのアパートまで、何も言わず、ただ、走った。



ルイーダの酒場。
冒険者が集まる出会いと別れが交錯する場所。
カウンターで俺はジャイナを待った。
…なんで。
「なんでこうなんだよ…」


どうしたんだよエリー………。

カラン。店の鐘が鳴る。
ローブにすっぽり顔を隠して、ジャイナが帰ってきた。俺の横にある丸イスに腰掛け、一つ溜息を吐いて「ダメだ。」。そう言った。ジャイナの話を大ざっぱに纏めると、こういうことだ。

二日前、エリーは突然その部屋を引き払いたいと、大家のおばちゃんに持ちかけてきたそうだ。エリーは独り暮らしだったし、別段引っ越しなんて良くあることだからとおばちゃんは快く引き受けたそうだ。
俺からすりゃ旅立ちの二日前だし、子供はいるし。その時点でおかしいんだが、ここからがもっとおかしい。
あいつは、大家に「次はどの辺に住むんだい?」と訊かれて、誰にもそれは言えない。そう答えた。そしてその2時間後くらいに簡単な荷物だけ荷袋に詰めて、出て行ったっておばちゃんは言った。
家財道具やら何やらをそのまんまにして、だ。
その証拠に俺たちが大家のおばちゃんに頼んで中に入れて貰ったら、水やって無かったからだと思うが、部屋にあったいくつかの花がしおれてた。

あいつ、花好きなはずなのに。

船の上でもスミレの花の小鉢を潮風に当てないように大事そうに持って、友達だって言ってたのに。

後は綺麗に机や本棚が整然と残ってて、とても貧民層の部屋には見えなかった。道具屋でコツコツバイトして、こんな本買ったんだと思う。アリアハンの歴史やら、名君の伝記なんかのごつごつした本がきちんと本棚に詰まっていた。
その本には全て埃一つ、被っていなかった。きっと何度も何度も繰り返して読んだんだと思う。両親が流行病で死んでどうしようもなくて、でも勉強しなくちゃ、って。絵本もあったから、小さい子に読ませて字を覚えさせるために買ったんだと思う。あのスラムじゃあいつが子供の先生みたいな感じだったし。でもそんなヤツが全部置き去りにしていなくなった。
あいつは、何もかも捨てていなくなっちまった。

ジャイナも、もしかしたらまだ居るかも知れないと思って定期船の出る船着き場へと向かってみたらしい。
キメラの翼はルーラ同様はっきりとしたイメージが掴めないと危険な道具だし、二年前航海した場所なんて行けないはずだと思ったからだ。第一魔法使いの素質のあるジャイナや俺に触れておかないと常人には扱えないものだし。

でも、結局ダメ。
エリーの姿は何処にもなく、船員も銀髪の女なんて乗せてない、そんなのきっと目立つのに、だそうだ。

子供達からも全く情報は聞けなかった。
目撃証言があっても良いはずだが、あいつはプロの盗賊だ。忍び足の技の一つも使えば、気配を消すのはたやすい。それで誰にも気付かれることなく出て行ったんじゃないか、ってジャイナは言った。
カウンターで俺たちは頭を抱えるほかなかった。
ジャイナは俺にも尋ねた。
「何か変わったところは?」
「少し前、俺あいつん家行ったんだ……」

そう。行った。けど、あいつはそんなこと一つも言わなくて。
「次の日から王の最後の特訓あったからさ、その報告しにな…」

あいつは笑って俺の肩をたたいた。
「がんばれよ」って。そう言ったんだ。
「花も…枯れてなんかなくて…そんで……」
「もういいよ、カーム。ごめん、こんなこと訊いた僕が悪かった」
ジャイナはそう言うけど、でもやっぱ言葉にしたかった。俺は首を振り、続けた。
「伝記…読みながら言うんだ。「いずれは私たちがここに載るんだ」って」
「……」
黙ってしまったジャイナに、俺は今まで気になっていたことを言うことにした。
「何か…不自然じゃないか」
「そんなの当たり前でしょ」
「だけど……何か」
言葉に詰まる。だって、そんなの「何か」以上俺が知るはずもなくて。
「それは、あいつが逃げたんじゃないってこと?」
逃げる。
俺は敢えて言わなかった。けどやっぱこいつははっきり言ってくれた。
良いヤツだ。
おずおずと、そう聞いてきたジャイナに俺は短く答えた。
「多分な」
「そ、よかった」
「まだ違うって決まった訳じゃないだろ」
「カームがそう言うんなら多分合ってるよ。第一あいつは尻込みして逃げ出すような女じゃ無い」
俺が言うと、ジャイナは肘をつき、考えるように呟いた。
やっぱ、うん。良いヤツだ。

エリーにきっと何か起こってる。あいつは絶対約束破ったりしない奴だから、仲間としてあいつを信じよう。あいつはきっと俺たちを待ってるはずだから。
だけど。
「こんな近くに居たのに気付いてやれなかったんだ……俺」
もう、俺はエリーにとって仲間じゃないのかもしれない。


しばらくジャイナとは話す気にもなれなくて、気分が落ち着くから、とルイーダにホットミルクを振る舞われた。カウンター越しに心配そうな目線を向けられて、なんだか申し訳ない気分になる。
ジャイナはそっとローブを俺に掛けて、黙って店の入口のドアを開けて出て行った。海辺で一服してくる、だってさ。
カラン、店の鐘が鳴った。

エリーはどうなった。俺の旅はどうなっていく。考えても考えても良くわからない。
「まずは旅立たなくちゃなぁ」
ぼんやり呟いて、残ったミルクを一気に飲み干した。熱い。当たり前だ。
かたんと、カップを置く音が人の少ない店内に響く。それを見てルイーダは、じゃあツケとくわね、と笑った。


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