Fantastic Fellows5 - Calm
で、俺はそのまま家に帰ることにした。多分明日城で正式に旅立ち許可の式があるはずだけど、大丈夫だろう。
最後の夜くらい、家で過ごさせてくれ。
酒場の向かいにある我が家に着いたんだけど、おかしいな、たしかルイーダの酒場の時計は10時を回っていたはずだけどなんで料理のニオイがするんだ。
しかもカボチャの。って、あ。

アレか……。

スフィアの痛い話を思い出して、玄関口で思わず頭を抱える。なんか母さんの鼻歌聞こえるし。どういう神経だよ。
「ただいまぁ〜」
「あら、カームどうしたの?あんた今日城に泊まるって聞いてたんだけど」
「あーうんそれ無し。つか何やってんの?」
俺が呻くと、母さんは嬉々として言う。あーもう、わかったからおたま振り回さないでくれよ。
「いやね、さっきカームと旅に一緒に行くっていうかわいい女の子が来たの!そしたら話が盛り上がっちゃってねぇ」
「母さんが勝手に盛り上げたんだろ。あいつ酒場で泣きながらブランデー煽ってたぞ」
「ふぅん、そりゃ悪いことしたわね。後で謝っておこうかしら」
まったくもう。軽いっつーの。
さらにナベがぐつぐつ小気味よい音を立てているのを見て母さんは背中越しに言う。
「あ、そろそろ出来るかしら。そこ座ってなさい、どうせろくなモン食べてないんでしょ」
「だからもう母さん……」
「何?食べないの?」
「そうじゃなくてっ……!もういい。喰う、喰うから」
俺がそう言うと、母さんは嬉しそうにカチャカチャと皿をだして、そこにカボチャスープを盛る。かたん。ちょっぴり深い皿に入ったカボチャのシチューの様なもんが出てきた。
一口、掬って食べる。
「かなりいけるでしょ」
「お」
「でしょ!?」
思わず相づち。これ、意外と美味しい。
明日スフィアに持っていってやれば少しは機嫌直してくれるかな、なんて呑気なことを考える。
そんな俺を真正面のイスに腰掛けてじっと見、両肘を付いて母さんはぽつり、呟く。
「あんた大きくなったね」
「何がだよ」
俺が眉をひそめて母さんの方を向くと、なんか困ったように笑った。
「いやいや。だってあんた勇者になるのよ。全世界の希望を背負って立つの」
「わかってる」
まだ、その希望の重さとかあんま理解してないんだけど。
「例え自分の体がボロボロになっても、みんなを守るよ。んで俺は絶対生きて還るからな」
絶対。もう一度口の中で繰り返して、カボチャを一口スプーンで掬って食べた。ああ、やっぱ出来立てはあったかい。
「そう。じゃああの人のときみたいに、母さん信じて待ってるからね」
「ん」
俺は口をモゴモゴさせて、軽く頷いた。

少しの間これからについて、そして今までの生活について談笑した。俺がイタズラして、王にこっぴどく叱られたこと。俺が魔法失敗して近所の子供泣かしてやっぱり王に叱られたこと。俺が…ってなんでそんな叱られたエピソードをそんな憶えてやがんだこの親は。
「あとねぇ、カームはなかなかおねしょ治んなくてねぇ。最後に漏らしたのは」
「あーもう言うな!畜生、人の悪いとこばっか憶えてやがって」
「だって面白いし」
「……神様、なぜにこんな母親が勇者の母なのでございましょうかッ!?」
「はっは。言ったな 小童が」
「いててて、ほっぺた抓るなよ!!」
母さんとの二人っきりの遅い夕食。でも全然しんみりなんかしてなくて。ほっぺた抓られながら、こんな旅立ち前夜も悪くない気がする。そう思った。

しばらくして、なんか母さんはちょっと考えた様な顔をして、待っててと言って二階に上がっていった。
何だろ。爺ちゃんは寝てるはずだけど……そう思って待っていると、トントンと階段を下りてくる音が聞こえてきた。手には、なにか年期の入った袋。
「父さんの物?」
「うん。もし自分に何かあって、カームが旅立つようなことになったら渡すようあの人に言われてた物よ」
本当は渡すようなことにはならないと良かったんだけど。そう呟いて、その袋を食卓にゆっくり置く。
「何?」
「見れば、わかるっ!」
そう言って何やら得意げに母さんが袋から引っこ抜いたのは。
「さや?ん?剣の鞘……だよな」
「そう。中身は無い!」
良く使い込まれている、少し鈍い金色の鞘だった。肩に掛ける為のベルトが付いているが、これはその鞘よか新しいみたいだ。大方母さんが作ったんだろう、意外と手先器用なとこあるし。大ざっぱなクセに。
「中身無い鞘渡してどーすんのさ」
「あんた中身の剣は王様に貰ったでしょ、この前」
「まあ……そうなんだけど」
入るのかよ、そう思ってその鞘と腰に差してた鉄の剣を見比べると……なんだよ。
「ぴったりじゃんか」
「そのとーり」
「何か関係が?」
「大アリよ」
何故か母さんはそう言って胸を張る。ふん、どうせ当事者じゃない俺が知ってる訳無いじゃないか。
「んで。なんでなんだよ?」
「……やっぱカームにはまだ分からない?」
少し微笑んで母さんは訊く。
「さっぱり。なんで王のオヤジが父さんのと同じ形の剣を俺に渡したのかすらわかんない」
そう俺がスネると、母さんはその鞘を手にとって愛でるように見ながら話す。
「これはねカーム。父さんがあんたと丁度同じ歳の時、成人のお祝いに貰った物なのよ。もちろん、剣もね」
「ふーん……」
その鞘にはそんな意味があったのか。ぼんやり思っていると、母さんは続けた。
「父さんはその年にはもう相当の腕前でね。アタシも強い人は好きだったから憧れたわ……それからちょっとしたことで知り合いになってね」
2年後にはゴールインよ、と言って笑った。
「そしてあの人、25歳の時あの旅に出たの。それでその旅の途中持ち帰ったのがこれよ」
「剣はどうしたの?」
「強い魔物と戦ったとき折れちゃったって。あのときの王様の言葉は本当だったって言って悔しそうにこの鞘だけ私に渡すのよあの人」
「ふぅん。でも使い込んでたら折れたりもするんじゃないのか?」
「うん、でもただの剣じゃなかったんだな、これが。バスタードソードって、名前くらい聞いたことあるわよね」
「うん、決して折れない正義の象徴みたいな剣だって……え!?」
俺は慌てて自分の剣を抜く。これももしかしたらその伝説の、
「俺のもバスタードソードなのか!?」
そう思って期待してると、母さんは吹き出して笑い出す。
がっくり。なんだよ、やっぱ違うのか。
「あっはははは……もう、カーム膨れてないで。あなたのは鋼の剣だけど、それを王様があんたに渡したのにはちゃあんと意味があるのよ」
「なんだよ、称号だけは一人前ってことかよ」
「違う違う。もー、どうしてそんな穿ったとらえ方するかな?」
「じゃあ何」
じれったいなあもう。すると母さんは、手に持った鞘を俺に渡した。……重い。
「重いでしょう」
「……ああ」
そう俺が素直に答えたので、また母さんは少し微笑む。
「これはね、父さんと先代の王様からの伝言なの。もしカームが旅立つようなことになったら王から剣を、母さんから鞘を渡すようにって」
そして一呼吸。
あ、カボチャのシチュー、もうなくなってら。
俺はスプーンを持っていった皿に何も残っていないのに気付く。母さんは俺の目をじっと見て、これは私の考えなんだけどね、と前置きして、ゆっくり囁いた。
「あのね、剣は相手を傷つけるために生まれたの。だから切れる。ときにはあなたをも傷つけるわ。でもね、王様は言ってたわ、「人はその鞘があるから剣を握れる」って。刃を優しく包む鞘があるから、って。父さんも先代王に鞘も剣である、って旅立ち前にそう言われたんだって。だから自分の行動を後悔してたってわけ」
そして、こう続けた。
「カーム。あなたは人を救うのでもあるけど、やっぱり「守る」為に旅立つの。それはこのことをよおく知ってる貴方にしか出来ないはずよ」
「……うん」
小さく俺は頷いた。そして考える。
俺はこの目に見える小さい世界を守りたくて、旅に出ようと思ったんだ、きっと。
勇者に、なろうと思った。

なんで今になって思い出す。
エリーだけじゃない。ぜーんぶ俺が守りたくて勇者になる道を選んだのに。
「エリーちゃんね、2日前あたしのところに来たの、あんたが居ないときに。「あたし、行かなきゃいけないの。カームにもジャイナにも、ごめんねって言っといてくれる?」だって。私が引き留められるような雰囲気じゃなかったわ……あの子、すごく暗い顔だった。ごめんね、黙ってて」
「そっか……」
「ん。で、あんたはきっとあの子を連れ戻すわよね?」
やっぱり分かってるなぁ。うん、どんな子供も母親には勝てない。俺はそう思って、そしてやっぱり大きく頷いた。
「じゃああんたがすべき事は一つよ」
「何?」
なんとなく分かる気がしたけど、やっぱ聞いてしまう。母さんは嬉しそうに、
「ぜーんぶ、隅の隅まで世界丸ごと守ってやんな。そのためにも、あんたはこの刃の無い剣を持ってくの」
守るための旅だってことを忘れないためにね、そういって母さんはテーブル越しに俺を抱きしめた。母さんの丸っこい体が気持ちいい。カボチャのニオイがする。
「頑張って来な。あんたは悪ガキの大将だって立派にこなしてたんだから」
「余計なお世話だ」
「死んじゃダメよ」
「……縁起でもねえよクソババア」
言うと、母さんはふっと笑った。当たり前だろ、俺だってまだやりたいことたくさんあんだよ。
まあいい、明日。明日だ。
俺はもう一度旅立とう。


「カームに勇者の称号を与え、その旅立ちを許可する。必ず魔王を倒して、そして生きて帰って来るのじゃ!」
王の間に、王の声が響いた。2人きりで、来賓はシャットアウトだ。現在夕方6時。
あのあと俺は城でこっぴどく絞られてから、なんとか旅立ちの許可を得ることに成功した。王はいつものことだと笑い飛ばしていたけど。
なんか、空っぽの部屋に妙な感じを受ける。
「まずはレーベに向かえ。そこに、きっとお前の手助けをしてくれる儂の友がおる」
「はい」
「行け、カーム」
これは、「王」じゃなく、「師匠」としての言い方だ。顔を上げると、じじいはにやっと笑って見せた。
「行ってこいカーム!今度は泣きべそかいて帰ってくるんじゃないぞ!」
「おうっ!」
俺は勢いよく立ち上がって、そのまま王の間の扉を蹴破って階段を駆け下りた。
さあて、行くか。


アリアハン、玄関口。
「結局、僕らだけなんだね」
ジャイナが力無く笑う。どうやら、やっと旅立つ決心がついたらしいけど。海辺で何考えてたんだろ。
「あのー……」
「言うなスフィア。言ったら終わりだ」
う、と言ってスフィアは困った顔して俯いた。まあそうだろ。
「4人か」
「言うんじゃ無いって言ってるだろジン―――!!」
絶叫がアリアハンに木霊する。でもなぁ。4人て……。
「畜生腰抜けの荒くれ共めがッ!」
「まぁまぁカーム抑えて。いきなり『行く人〜?』なんて聞いた僕らも悪かったって。あっでもほら、4人でも大丈夫だよ多分」
うー……こいつらの顔見てるとそんな気もするんだけど……。ああもう。
「まぁやってみないと始まらない、か」
エリーが良く言ってた言葉を思い出して呟く。ジャイナと2人で笑ったけどジンとスフィアは首を傾げた。
「ま、いずれね」
ナイスフォロー、ジャイナ。
ふう、と一息吐いて俺は人差し指を、星が出はじめた薄暗い夜空に突き立てた。
「魔王退治行く人この指とーまれっ」
全員がその場でスライディングした気がする。だってなんか変な音したし。それでも俺は気にせず上をむいてカウントを始める。
「いーち!にーい!!」
「あーもうわかったわかった!!」
ジャイナが指を握る。
「さぁーん!しぃー!」
「あはは、まあこういうのもアリかもしれませんねっ」
その上にスフィアも手を置く。
「ごぉー!ろぉーく!しーち!!」
「うむ、じゃあ儂もこの指止ーまった」
イキナリ軽く言われてガクッと来るけどまあ良し。掴めない野郎だ。
「はぁーち!きゅーぅ!!」
「あの……カーム、これで全部だけど?」
ジャイナが言うけど、無視。そのかわり叫んだ。
「エリーッ!次のカウント空けとくからな―――!」
「「エリー?」」
「ん、もう1人の仲間だよ。」
ジンとスフィアが聞いたのを、ジャイナが微笑みながら答えた。うむ、こういうときにこいつは役に立つ。
「じゃ行くぞみんな!まずはレーベの不思議老人からダァー!!」
「意味わからんわ!」
ジャイナに突っ込まれた。そりゃそうだ。でも俺もそれ以上わからん。でもそんなの行けばわかんだろ。
というわけで俺たちの良く言えば縦横無尽、悪く言えば行き当たりばったりな旅は、今始まった。

開始早々不安だらけだけど。

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