Sailing day


―――アリアハン某所にある公園。まだ日は昇らず、闇に白い月が居座っている。


「おい」
1人、珍しい銀髪の少女が木陰に眠る少年に言う。歳は2人とも14歳くらいだろうか。まだ幼さの残る顔立ちだ。 少年がなかなか起きないので、彼女は小さな溜息の後にしゃがみ込んで揺さぶる。
「アリアハンの勇者、カームさんよ」
「うっ…ん…」
渋々、という感じで起き上がった少年、カームは半目で呟く。
「…もうちょいさ、その男みたいな言葉遣…いどーにかしてよ」
「そこかよっ!」
あくびをかみ殺し、一つ伸びをして木を背に立ち上がる少年に、思わず突っ込む。

(こいつはまだ子供っぽいところが抜けてないんだから、まったく)
そして、少年の横にはその体躯に不釣り合いな大きさの、黄ばんだ白い麻袋。一体どこから持ってきたんだか知れない。
「…もうどーでもいいことは置いといてさ!んで行くの、行かないの!?」
「行かなきゃ何のために苦労して父さんの旅道具持ち出したかわかんないじゃないか…」
まだ眠そうではあるものの、少年はあたりまえだと口を膨らます。
「行くよ」


何故行く。それは少年らしく、至極シンプルな理由。ただ世界を見たいのだ。彼らが見せてくれると言うから行くだけ。いずれ自分が見、触れ、そして走る世界を。


「父さん…」
ひとり呟き、ぐっと左手を握りしめる。爪が食い込んで痕が残るくらいに。でないと叫びだしてしまいそうな衝動に駆られてしまう。
「何か言った?」
銀髪の少女はふとこちらを見る。ちょっと気まずくなって、苦笑いした。
「あ、あー…うん。何でもないよ」
一瞬弱気になったのを悟られまいと短く答える。彼女はふうん、と適当に言って自分のショルダーバッグを漁りだした。このなかには何が入っているのかわからない。武器から薬草、アメ玉から毒液まで網羅している。ぱっと、顔が明るくなる。どうやら捜し物が見つかったらしい。そんなことになるくらいなら先にしっかり片して置くべきだとカームは思うのだが。
「よしっ、つかまって!キメラの翼でポルトガの船着き場まで行くから。そこにあいつも待たせてあるんだ。急がないと大人にバレちゃう」
少女は美しい羽をショルダーバッグから取り出す。カームも慌てて彼女に捕まった。そして彼女は声高々と叫ぶ。
「ポルトガ・船着き場へっ!ゴォー!!」
「ちょっ、声でか…!」
満面の笑顔で叫ぶ少女、傍らにとまどう少年―――あまりにもミスマッチなこの2人は、後の盗賊と勇者である。



          ――Sailing day――




勇者はそんな少年で、仲間はただの悪ガキ。世界は、やがて彼らによって救われることになる。のだが。
「ま、あたしたちに救われる世界っていうのもなかなか哀れよねぇ」
言って彼女はイタズラっぽくウインクして笑う。そんな横顔を見ていたかったのだが、その先にあった光に思わず目を奪われる。

輝く海が視線の先にあった。よって視界は良好。揺れはほぼ無し。絶好の船出日和だ。

オンボロ船は、自分たちで修理してここまでこぎ着けた。実際ここまで来るのは大変だった。まず発見したのがポルトガに住む仲間で最年長のジャイナ。
彼が海岸にある廃船置き場とでもいうべき、スクラップで埋め尽くされたある浜辺から、内緒で一隻直せそうなのを調達してきたのだ。
木造船で、見た目はアレだが直せば何とかなりそうな部類に入ってた、らしい。
「竜骨も奇跡的に無事だし、あとは舵を…」
その辺の話は全くカームたちには理解不能。ただジャイナの父は造船技師で、十歳になる頃にはジャイナも立派な船の図面を書くほどまでになっていたのを知っていたので、そういうものなのか……とただ漠然と聞いていた。
とにかくジャイナは、その知識と腕を生かしてこの船を修理してあわよくば航海する仲間を募ろうとしたが集まらず、前々から悪さをするにはいつも一緒だった、銀髪の少女で男勝りのエリー、勇者の卵のカームをメンバーとしたのだった。合計3人。無謀にも程がある。だが彼らの目は光り輝いていた。
「冒険は困難なほど燃えるしな!」
……良く言えば勇敢なのだが、そんなジャイナの言葉に吊られた2人は、ちょっと抜けていたのかも知れない。
ジャイナはアリアハンからポルトガに移住したのだが、キメラの翼でいつでも行き来出来る。エリーとカームはアリアハンにいるので、夜中にこっそり2人で家を抜け出し、ジャイナの指揮の下週二回のペースでポルトガの秘密基地で改修作業に勤しんでいたのだった。もちろん材料はそこらのスクラップから頂戴した。
やっとそのスクラップが船としての機能を取り戻したときには3年の月日が流れていて、その頃オルテガの死からはちょうど4年の歳月が過ぎていた。



今は秘密基地、もとい海辺の洞窟に彼らの修理した船はあった。先程ドッグから着水したばかりだが、この分だとポルトガの自慢である商業船団の船にも引けを取らない。
「乗ってみて。意外と揺れも少ないし、廃船だったとは思えない出来だ」
「これでダメなら俺たちの3年はどうなっちまうんだよ」
かるく冗談を交わし、船に乗り込む。乗り口の梯子が軋むたびに胸が高鳴る。そして、船の甲板に立って、洞窟から見える海岸線を眺めた。

なかなかいい乗り心地に、カームは嬉しくなる。口元が何故かゆっくり横に引っ張られていく。エリーも喜んでマストに駆け上がり、おいでおいでとカームを手招いている。


それで、今現在マストに2人で立っている訳だ。
朝焼けががひどく眩しい。
「今はただの悪ガキなんだけどなあ」
エリーはそう言ってホントに良いのかなと首を傾ける。それを聞いて、なんでだろう。カームは無意識のうちに笑みを零す。
彼の笑顔には、晴れ渡る青空がよく似合う。いつだったか、誰かがそう言った。
「あっはは。でもタダの悪ガキならここまではしないさ」
そして、ジャイナが甲板から叫ぶ。
「おーい、もう出すぞー!!」
のっぽで華奢な少年。クルクルした髪の毛をいつも気にしてる。でも、頼りになる大事な仲間。船の修理は、ほとんど彼の計画によるものだ。
「じゃ、行こっ!勇者予備軍の船出っ!」
エリーは楽しそうに両手で手すりを握ってピョンピョン跳ねる。
「帰って何言われるかわかんないけどね!」
死ぬほど殴られるかも、と少しおどけて、でもやっぱり嬉しそうに甲板の少年も言う。そして少し慌ててマストに向かって叫ぶ。
「まぁ良いんだけどさ、早く出しちまわねぇと見つかるぞ!」
「いえっさー!!」
3人は、手はず通り出航の準備にとりかかった。

たった3人だけの航海。しかも子供。
危険なのは承知。でも、それでも。
「さて」
エリー。
「うん」
ジャイナも目を細める。
「……行こうか?」
カームが問うと、それが合図になり全員思いっきり息を吸い込む。その代わりに大声で、

「世界を見に行くぞぉーっ!!!」

錆び付いた碇を、3人で一気に引き上げた。

2年後、勇者はその「見た」世界を「救う」旅に出る。
勇者の名はカーム。そして少女はエリー、のっぽの少年はジャイナ。予定日よりずっと早い旅立ち。

そう。
伝説は、もう人知れず走り始めていた。


―――しばらく行って、きらめく海を見ながらカームは呟いた。
「俺がやるんだ」
そして空を見る。
「待ってろよ…」
背負った剣を抜いて、その重さでふらふらしながらも天に突き立てた。

「うりゃっ!」
やるしか、ない。


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