Voice
なんだろう、滝の音が聞こえる。さっきまで二年前の懐かしい夢だったのに…カームはふと、夢の中で目を閉じ横たわる自分に気付いた。そっと目を開けると、草。視界は無い。
「……っなんなんだよ」
ぽつりと呟く。起き上がって見渡すと、なんだろう、判らない。森?
「居る。何か」
まるで引き寄せられるかのように目の前の道を辿った。何故だろう、懐かしささえ感じる道だとカームには思えた。ひんやりとした空気が肌にまとわりついてくる。

「わぁ……」
崖の先まで行くと、彼の眼前にあるのは見果てぬ滝。見たこともないような大滝から水が轟々と絶えず流れ、下を覗くが底なんて見えない。呆然と立ち尽くし、しばらく何も考えることが出来なくなった。
彼はひどく不安だった。自分はこの夢から帰ってこれるのか、寒気がするほど怖くなった。どうしてもこれは、リアルすぎる。そう思った。
そしてやっと大事なことに気が付いた。なんで俺はここにいるんだ?理由は……
「それはあなたがあなたであるからです。勇者カーム、目覚めましたか?」
「!?」
振り向いても何もない。いや、気配はある。けど……おかしい。
この「空間全体」から、その気配を感じる。
「なんで名前……あんた、なんなんだよ一体?」
「さぁ、考えたこともありません」
声の主はすこし笑った、そんな気がした。声からして大体20台後半の女性の様な、艶やかで落ち着いた声だ。この声は、聞きやすい。とにかく状況を把握するためにも疑問を彼女に投げかける。
「あんたがここに俺を呼んだ…?」
カームの声は、滝に響いて吸い込まれた。しばし次の返事まで間があったのは、何か考える事があったのだろう。そして彼女はゆっくりと語り始める。
「そうですね。何と言えばあなたに分かってもらえるのでしょう……」
そう言ってふと間が空き、思い出したように続ける。
「いえ、すべて理解してもらう必要は無いのでしょう。もしくはあなたは本能的にわかっているはずです」
「わかっている?」
考え込んで、しばらく呆然とする。
(彼女を俺は知っているのか?じゃあ……それで俺にどうしろってんだ?)
「あなたは私に共鳴した。だから私はあなたをここに呼んだのです。それは必然。私もいずれこのようなカタチであなたと話しておく必要があるのだと覚悟はしていました」
頭が痛くなってくるのを押さえて、カームはそこに決定的な疑問を投げかける。
「あんたはだれだ…?」
「今は言えません。ただ、そうですね、私はあなたを知っていて、あなたは私を知らない。それしか言えません」
「知って……俺を?で、俺が知らないってどういうことなんだ?さっぱりわかんねぇよ」
「はい、理解して貰う必要などありませんよ、今はね。ですがあなたはいずれ私を知ることになる、とでも言っておきましょう。あなたは世界を変えなくてはならない使命を背負った者。それを伝えるために私はあなたを」
ここで途切れ、何か溜息の様なものが聞こえた。


とりあえず話を整理すると、カームは面識のない女性、おそらく精霊だろう、彼女に引き寄せられてこの空間に迷い込んだことになる。…でも、カームは「共鳴」なんてした覚えはない。そんな疑問は無視するかのようにその声は続ける。
「あなたに一つ。たったひとつ質問しましょう。良いですね?」
有無を言わさぬ口調だった。滝の音もかき消すような凛とした重圧が、その声には含まれていた。
どこにその声の主が居るのか分かりはしないが、渋々、返事にこくりと頷いた。もう無駄なことは考えないで相手の言うことに従うのが一番良いのかも知れない、そう思ったからだ。それが見えたのだろう、声はカームにこう尋ねた。
「では行きます。2人の人間が大いなる炎に飲まれようとしています。1人は助けを求め、もう1人はその1人を助けるために犠牲になろうとしていて、あなたはその渦中に居ます。あなたはたった一つ炎を抜ける道を知っていて、助けられるのはあなただけ。今あなたがその2人の命を握っているのです。1人だけを助ければ片方は確実に死ぬでしょう。ではあなたはどちらを助けますか?」

「へ?」
(えーと……正直に答えたんでいいんだよ、な?)
確かに一般人には難しい質問になるだろう。だがやはり、オルテガという人と、その血を引いてしまった哀れな一直線少年にはそんなものは通用しないのだ。
カームの答えはいつも一つ。世界のために犠牲はいらない。みんなが輝いて生きてこそ「平和」だ。

「……2人とも助ける」
「どうやって?あなたにはどちらか片方しか選んで助け出す方法は無いのですよ?」
彼女はふと考えるように言った。だが彼も素早く答える。
「やり方なんて、考えるさ。2人そろって生き残らないと残された方はつらいだろ?」
(経験済みだよ。父さん、あの知らせを聞いたとき、母さんがどんだけ泣いたか知ってるか?)
「俺もその2人を助けて生き残る。道なんてまた探し出すさ、3人通れるようなデカいのをな!んでその2人は生き残って幸せになる。どう?」
上手に笑えたかどうかは彼自身定かでないが、とにかく自信に満ちあふれた顔で言い切った。
「俺はこうやって世界を救う」

あの声の主は、なんとなく微笑んだ様だった。
「そう。ふふ、やはりあなたはそうするのでしょうね。」
不意に風が吹き抜けた。なんだか頬を撫でられたカンジがして、強ばった顔が幾分ゆるむ。
「あなたはあなたでしかないものね。ふふ、私は、嬉しい」
この人は笑顔が素敵な人なんだと思った。その顔を見てみたくて、辺りを見回す。
「どれだけ覗いても私は私。あなたにはまだ見えないでしょう。どうしても見たいのであれば、己から逃げないことです。あなたはこの世のすべて……感じるのです、命を」
哲学のようなことを言われても良くわからないのだが…ふと間が空いて、こちらが何か言おうとした瞬間、決然とした声がそれを遮った。
「聞け。勇み闇を断たんとするものよ。私はあなたに祝福を与える者。炎を切り裂き、そこにある微かな命を総て救い出さんとする者よ。私はあなたに託された僅かな希望にすべてを賭ける。誓え。そなたの道が途切れ、光失う時でも決して諦めぬと」
「……今、そう言われなくてももうとっくにそんなの覚悟の上です」
と同時にその気配が薄らいで、聞きたかった事が聞けない内に、景色がぐにゃりと歪んだ。
「あなたは」
呟くと、頭に響く声がした。やわらかな声だった。



――大丈夫、私は私。名前など無くとも、あなたはきっと私に気付く――

まどろみの中、カームは聞き慣れた声に目を覚ました。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送