旅の扉を抜けたとこにある草原で、
「はいはいジャイナ君」
「…んー?」
「せめてその渦から上半身出したままで固まるのはやめよう。な?」
「…うー」
「言葉使えよ!」
俺のわけのわからん突っ込みが響いた。
何とか渦から引っ張り出すと、ジャイナはすぐそこでうずくまってうんうん呻ってた。やっと言葉を使ったと思えば、
「あったま痛てぇ〜…」
…おいおい大丈夫かよ。
「ジンとスフィアはけろっとしてんだぜー?ほら頑張れ19歳」
ジンはなんかこいつに文字通り足を掬われて落ちたらしいけど、なんか結構面白かったらしい。なんでそんなことになったのか聞いてみたら黙り込んだけど。
「…年齢って関係あんの」
「ビジュアル的に」
「見た目!?」
「いいからさっさと立てよほら。置いて行くぞ〜」
俺が言うと、しぶしぶ立ち上がって…あ、だめだ倒れた。
「休ませてよ〜…」
俺は思わず苦笑する。こんなんでこれから先やってけんのかこいつは。世界地図見てたら旅の扉って世界各地にあるっぽいんだけど…
「あーあ、情けないねぇハリガネ坊や」
「…うっさい」
まぁ。そんな急ぐわけでも無いし。俺は航海してたときから愛用してた砂時計を置きながら半目で言った。
「20分でいいな?」
「懐かしいねーそれ」
「へらへらしてねーで寝てろ。水筒あんだろ、それ飲んどけ」
「…わかったけど。カームに言われるとなんかくやしいな」
「黙って寝てろボケ」
そう言って俺は辺りを見回す。潮風の気持ちいとこだけど、魔物だってウジャウジャいるんだぞ…漫才してる場合かよったく。スフィアとジンは薬草がないか探しに行ってるはずだから、とりあえず待っておくことにした。砂時計の砂は、なんかすげーゆっくり落ちてるような気がする。
「さっき地図で位置確認したから、起きたらすぐ行くぞ」
「…りょーかい」
…情けねぇなぁおい…。
なんとかジャイナも歩けるくらいには復活して、ものの1時間くらいですぐロマリアのでかい門のところに着いた。門をくぐろうとすると、衛兵みたいなヤツに止められる。
「はい止まってー。どこからですか」
んー、入国審査ってとこか?
「アリアハン」
俺がそう言うと、そいつは驚いたみたいに書類を書く手を止める。焦った感じでもう1人の衛兵のところに駆け寄っていって、なんか興奮したみたく話を始めた。
「何だってんだ?」
「さぁ…カーム君の目つきでも悪かったんですかね?」
スフィアが結構真剣に言う。…こら、マジで考えてそうなんのかよ。
「これは生まれつきなんだからしゃーねーんだよ」
「え?そうなんですか?」
するとジャイナが学者みたいにごほん、と一息吐いてから、
「あー、これはね、カームがうっかりエリーの着替えてるとこ見ちゃってそれで思いっきり顔面にグーパンチ喰らったからな痛い!」
腰の辺りに蹴りを入れる。なんでそんなこと覚えてんだよこの馬鹿!
「冗談でもそーいうこと言うな!」
「だってホントだし」
「そういう問題じゃねーよ!」
「まぁまぁ…カームもそういう年頃なんじゃろ…おなごのことも気になる時期がはっ」
「うーわーローキック…痛そうですね」
スフィアはその光景に苦笑いする。マジで誤解してなきゃいいんだけどな。
「痛くなるように蹴ったんだよ」
で、ジンはその地味な痛みに無言で耐えてる。そのまま黙ってろホント。
そんなこんなで、衛兵の1人がそこに立ってるのにも気付かなかった。
「…あのー?」
「何だよ!?」
「っわぁ!?」
「こらこらカーム。衛兵だし」
ジャイナに言われると、たしかにさっきの兵士。
「あー悪い悪い。んで、何なの」
俺がぶっきらぼうに聞くと、ちょっとびくびくしつつそいつは書類をぺらぺら捲りながら言う。
「ええと…アリアハンから書状がありまして…さっきからお仲間はあなたのことをカームと呼んでますが、もしかして、と思いまして…」
「ああ、こいつアリアハンの勇者だよ。オルテガの子供」
ジャイナが言うと、見る見るそいつの顔が晴れていく。…「オルテガの子供」、ねぇ。
「ああ、やっぱり!噂は本当だったんだ!」
「何だよ一体?」
俺が訊くと、そいつはまた興奮した様子で喋りだした。
「アリアハンの勇者オルテガの御子息、カーム殿一行が先日旅立ったと聞きまして!そして次の行き着く場はロマリアだという書状をアリアハンから頂いていたんです!」
なるほど、じゃあここまではあの王様の思惑通りってことか。
「あーわかったからあんま大声でしゃべんな。で、あの…アリアハン王は何て?」
ちょっとこれが一番怖いんだけど。
「あ、はい…もし着いたなら単独でロマリア王と謁見するように伝えろと。僕の方からお取り次ぎ致しますので、明日には」
…え゛。
「まっマジで?」
「はい!ロマリア王も是非、ということです」
朗らかに衛兵は言う。もう、口を開くことが出来なくなった。ジャイナを見ても苦笑いして声に出さずに「ご愁傷様」なんて言いやがった。
「それでは、何かあればまた僕の方に!ではお通り下さい、王都ロマリアの街へようこそ!」
「じゃ行きましょー!ロマリアの街は面白いってジャイナ君の先生が言ってたじゃないですか!」
「なっなんか洞窟の時と打って変わって元気だな、お前」
「あのときはあのときですっ。こんなときぐらい楽しまないと!」
「…ま、落ち込まれるよりは良いけど」
回復、早っ。まぁ旅の扉の時もそうだったけどこいつ物事あんま引きずらないな…どこぞの銀髪とは大違いだ。
あいつも帰ってくりゃバランスいいのにな。そんなどうでもいいこと考えて俺は1人、耳に掛かった髪の毛を掴んだ。
「単独行動ぉ?」
「うん、こんなでかい街で情報収集するんならその方が良いと思って」
俺たちは城にほど近い町の中心部までやって来て、なんとか他よりは安い宿を取っていた。つってもアリアハンの方が安いしサービスも良かったりして。一晩1000ゴールドなんてとこまであったから、ぼったくりも良いところだ。カビ臭い、でも一応「部屋」になってるだけ野宿よりはマシだ。で、例によって部屋で作戦会議をしてるわけで。
「うむ…良いのだが、大丈夫かのう?迷ったりせんものか…スフィアなどは危なくないか?」
「私は大丈夫です。一応ダーマで体術はジャイナ君と一緒に修行積んでますし。あとは…迷ったらほんとどうします?」
「迷わないでね」
「それだけですか…」
ジャイナの一言にスフィアも苦笑する。
「だってレーベじゃ2人で行ったせいであんたにケーキおごらされたしー。もうそんなんは勘弁だから。いいでしょ?」
「ジャっジャイナ君!」
んあ?聞いてねぇぞそんなの。スフィアの方を向くと、顔を真っ赤にして俯いてる。
「えー…と。初耳だけど姉さんや」
するとスフィアはあらぬ方向を向いて、
「…えへ?」
いやいやなんだそりゃ。
「今度から自分で出せよ」
思わず頭を抱えつつ言う。と、スフィアは、
「…努力します」
ジャイナはかくん、と項垂れて、そのまま懇願するみたいに言った。
「努力するとか…ホントもう。だからそんなわけでもうすでにお金とかヤバイから!財布のヒモを握ってる側としては僕の持ってる旅費は極力使いたくないの。今回から自分のポケットマネーで必要な物は買い出ししといてくんないかな」
「わぁーったよ。スフィア、それでいいか?」
スフィアは照れ笑いしつつ頷いた。
俺はくたびれたカーテンを開ける。
「さぁて、じゃあどーすっかな…」
「賑やかな街じゃの。ジパングにはここまで栄えておるものは無かったぞ」
「へぇ?ジパングって黄金の島って聞いたことがあるけど?」
ジンが珍しくジパングの話をするから、俺も思わず乗る。
「一部の区域だけじゃよ、そんなものは」
「へぇ…国によって事情とかいろいろあるんだな」
ぼんやり返しながら、部屋の窓越しに俺は下の通りを覗き込む。ここはアリアハン以上に人は多い。何があるかわかんねぇけど、とりあえずカンダタについてもいろいろ聞けるかもしんないし。
「じゃーとりあえず日没まで歩いてみて、迷わないようにあんま遠くには行かないってことで。OK?」
俺がそのまま振り返って言うと、
「うむ、それでよい。なら儂は武具を見てくる」
「あんた剣あるじゃねーか?」
「いや、もしもの時のために短剣くらいは持っておいても損はあるまいて」
ジンは懐の小銭を確認しながら笑う。
「…こいつならあの剣抜きでもなんとかやってけそうだけどな」
「同感です」
「はいはい。そんなこと言ってるとすぐ日落ちるよ?今もう2時だし」
「わーってるって。あ、そーいやお前はどうすんの?」
ベッドから立ち上がって剣を背負いながらジャイナに聞くと、ちょっと考えて答える。
「んー…僕、盗賊ギルドに行こうと思って。ロマリアの中心部にあるって聞いたんだ」
…さっきの間はなんだって聞きたかったけど、やめとく。
「エリーさんのこと?」
スフィアが心配そうに聞くので、ジャイナは黙って頷いた。
「カンダタについても聞けるかも知れないし。1人で行った方がそういうことは聞き出しやすいんだ、経験上」
経験上ってのが妙に引っかかるんだが。まぁ、そういうのはこいつに任せて良いだろ。
スフィアがカーテンを閉め、どうでもいいようなことなのにそれをなんとなく眺めてから、俺は部屋のドアを開けた。
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