Something what I can do.3
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ベンチに2人。少し距離を置いて座る。

「…怖い?」

「ああ。怖いんだ、カンダタと戦うのが。こんなことで怖じ気づいてる様じゃ魔王をやっつけるなんて夢のまた夢さ」

 

あれからどれくらい話したんだろう。

俺も最初は何を言えばいいか良く分からなかったから黙ってたけど、スフィアは「待ってるから」と言ってくれて、俺に考える時間をくれた。それは正直な話すごくありがたくて、俺はゴチャゴチャになってる頭を整理出来た。それからエリーのこと、カンダタのこと、俺が勇者だってことに感じる疑問、本当にどうでも良い悩みまで、スフィアは黙って聞いてくれた。ときどき何か考えるような顔で俯いて、そんな顔が最初出会ったときの笑顔とはまた違っていて少しドキっとする。

それで、今。俺は一番の悩みだった「怖い」ってことについて話してる。

「俺が習った勇者ってのはさ、親父みたいなヤツのことなんだ」

「カーム君のお父さんって…オルテガさん?」

「ああ。すっげぇ強くてさ、俺はもうあんまり記憶には無ぇんだけどアリアハンで一番強かったんだ。めちゃくちゃ勇敢で…俺もそうなりたかったんだけど。強くて、優しくて、みんなに慕われる。それが勇者なんだってさ」

…困った。

こんな事話してるのが情けなくて笑いしか出ない。

「ダメだ。俺、怖い」

言葉通り、心底そう思った。こんなんじゃ母さんと約束した「世界中を守る」なんて、俺には無理だ。

世界を守る。それは、魔王を殺して魔物の恐怖からみんなを助けることだと思ってた。そう思って剣を習って魔法を覚えたんだけど、今回は違う。人間だ。魔物でも何でもない。そんなヤツがいる世界を守ってやらなくちゃならないって思うとやっぱ疑問を感じる。そして、これからもそんなヤツがたくさん出てくると思うと、周りの仲間とか、守らなくちゃならない人たちとかを信じることが出来なくなる。

要は、疑心暗鬼だ。勇者が疑心暗鬼?バカじゃねえのか。

ジャイナもスフィアもジンも、みんなそういうのを克服して、戦ってるんだと思う。それを俺だけこんな風に思ってるなんて、情けないったらありやしね…ぇ…?

 

ん?

 

「…ふふ」

横を見ると、口に手を当て、…必死に笑いを堪えてるスフィアがいた。

「…んだよ」

勇者様がこんなんじゃ笑いしか出ないってか?

「ふふ…いや、違うの。なんか…ほっとして…」

「へ?」

俺が間抜けな声で言うとスフィアはまた微笑みながら、

「あたしだけだと思ってて…みんななんで平気なんだろうって…それで…」

…へ?えっと…あれ?なん……だ…

「そっかぁ、そうなんだぁ…」

 

 

 

 

見る見る笑顔は歪んで、大きな、紅い瞳から涙が落ち始めた。

 

 

 

 

 

 

「あの…えっと、おーい?」

言っても、ただしゃくり上げるだけで反応がない。手で涙を拭おうともせず、ただ俯いてスフィアは泣く。ときどき聞こえる嗚咽が、なんとなく切ない。

…参った。これにはお手上げだ。

 

俺、女の涙とかダメなんだよなー…。

 

あーもうジャイナくらいだったら何かそういうことも知ってんだろうけどよ!

しかもそれ以上に参ったのは、「ほっとした」って言葉の意味。最初は何のことかよく分からなかったけど、俺が怖いって言って、こいつはほっとしたって言って泣いて。

待てよ…てことは、だ。

「あー…スフィア、聞いていい?」

俺が訊くと、スフィアは顔だけ上げる。見ると、ぽろぽろと涙が白い頬を伝っている。

…うお。

っといけない。質問だよ質問。

「あのー…お前も、怖いのか?戦うのが?」

俺がおずおず問うと、スフィアはくしゃくしゃの顔でしゃくり上げながら頷いた。

「…そっか」

独り言みたいに言って、俺はベンチに座り直した。

 

 

考えてみたら、そりゃそうだよなって思う。ダーマでジャイナみたいに厳しい修行して、相当魔法が出来るって言っても、女の子だもんな。それが魔王と戦うって、この旅に来てんだ。みんなについていけるかどうか緊張して、自分は明るくしてなきゃいけないって思って。俺の言葉でその緊張の糸が切れちまったんだよな。本当は旅の最後までそうしてなきゃいけないって、そう思ってダーマから来てたんだよな。それが旅立って1,2日くらいでダメになっちまって。ほっとしたのと一緒に、それが悔しくて泣いてるんだよな。

すげぇよ、お前は。俺なんかよりずっとすごい。…だからもう泣くなってのに。

そう思って、スフィアの頭にぽん、と手を置く。

「…うえ」

ダメか。じゃあ撫でてみよう。

…そこで悪ガキとしての本能が目覚めてしまったのは自分でも気付く暇もなく。

 

わしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわしわし

 

「やっやめ…髪の毛…」

「泣きやむまで止めないっ」

「そっそんな。ちょっ、ちょっと、待って…」

「何?スピードアップ?」

「違っ、うわっ!もうごめんなさいもう泣かないからホント止めてー!」

半分泣き顔で、もう半分は笑いながら抗議するから、少しほっとしつつ止める。

…で。

なんで俺がほっとしてるんだ。

「なんだよこれ」

悩み相談した方が相手慰めてるよ。くしゃくしゃになってしまった髪の毛を必死に押さえつけるスフィアを見てると、今度は収まりそうにない笑いがこみ上げてきた。

「くっ…」

「わっ笑わないで下さいよ!こ、こっちだって必死なんですから!」

「いやもうなんかそういうんじゃなくて…ぷっ…!」

あーもう無理、悪いけど抑えられない。

俺がとうとう声を上げて笑い始めると、スフィアはもう熟れたリンゴみたいに赤くなる。それを見てるとさらに笑いが止まらなくなった。

でも、これでわかったよ。

みんな一緒じゃねえか。怖いんだよ、そうなんだよ。

俺だけじゃ無いんだ。

 

 

 

とりあえず笑いを納めると、まだスフィアが拗ねてるもんだからとりあえず宥めるためにも真面目な話をする事にした。

「あー、そだ。あのさ、俺が何で勇者になったか知ってるか?」

「…知らない」

「…だよねー」

あーあ、拗ねてるよ。

…こいつ、さっき泣いたから紅い目がさらに赤くなってらぁな。それももう気にしてないみたいなんだけど、まだ話し方とか拗ねてるのは…ああ、わかった俺が悪かったって。

「ごめんごめん、もう機嫌直してくれよ…。あのな、アリアハンで他にそういう馬鹿げたことしようって奴が、俺の親父以来1人も出てこなかったんだ」

まぁまだむすっとしちゃいるんだが、やっとスフィアもこっちを向いてくれて、でも俺は頭の後ろで手を組んで、独り言みたいに続けた。

「そりゃそうだよな…その辺の魔物でさえめちゃくちゃ手こずるのに。その親玉をぶちのめしてやろうってんだ、普通じゃ無理だって思うに決まってる」

「…じゃあ、なんで?」

不思議そうに聞くから、両手を上げて戯けて見せた。

「簡単!親父が出来なかったことは全部やってやろうと思ってたからさ」

「…それだけなの?」

「もちろんっ。あとは早く世界を知りたかったから。ホント、それくらいだな」

自信たっぷりに言ったら、スフィアも困ったみたいに笑う。でも、これは本当のことだ。俺はいつでもお前の親父さんはすげえやつだったって言われて育った。

偉大なる勇者。

アリアハンきっての英雄。

…でも、死んだじゃないか。俺がそう言うと、周りの人はみんな嫌な顔をした。「お前はオルテガの子じゃない」とまで言うヤツまでいた。じゃあテメェが魔王退治やってみろ、って言うと、相手が大人だろうとガキだろうといつも殴り合いのケンカになった。結局は王にゲンコツ喰らって終わりだったけど。

「だから俺は、親父の全部を越えてやろうと思ったんだ。その1つが、あの船旅だった」

「それって…ジャイナ君とエリーさんの?」

「ああ。ジャイナが提案して、俺はすぐその計画に乗ったんだ。嬉しかったぜ、これなら親父に勝てるって思ってたから」

16歳の誕生日まで、アリアハンの人間は国外に出ることは禁じられてる。それを乗り越えてまで世界へ行く。それは俺にとってもの凄く勇敢で、かっこいいことだと思っていた。でも。でもそれは間違いだったんだ。その証拠にアリアハンに帰っても、俺は歓迎なんてされなかった。

「母さんも城の兵隊にきっちり絞られたらしくてさ。俺もそんとき見つかったときにいたランシールで王にめちゃくちゃ殴られてさ。で、もう自分が情けなくて。でも、俺はそのとき、『勝った』って少し思ってたんだ」

「でも…それって…違うよね」

「うん。でも今日まで気付かなかったよ…ったく」

っていうか、今日やっとわかったんだ。

「俺ってさ、弱いんだな」

悔しいけど、認めるしかないや。

でも今度はスフィアも笑顔で、

「でも、あたしも弱いっ」

自信たっぷりに言う。にしちゃすごく場違いな言葉だ。そのせいでまた笑えてきて、面と向かって2人同時に吹き出した。

「…あーあ。何やってんだろなぁ?」

「さー…まぁでも、すっきりしたでしょ?」

「うん。だからもうスフィアもピーピー泣くこたぁないよな?ジャイナ心配すっぞ」

「なぁっ…!?そっそれにピーピーなんて泣いてないです!」

「まぁまぁ。な?」

そう言って腰に付けた袋からさっき買ったリンゴを出してやると、釈然としないみたいだったけど、とりあえずは素直に受け取った。その、なんだ。泣いたら腹減るって良くあることだし。スフィアは、空に透かす様にその赤いりんごを持ち上げてたかと思うと、いきなりかじりついた。

「…むぐ」

「…ちゃんと噛んで、それ飲み込んでから話せよ?」

それから口の中のものを流し込んで、スフィアは「ありがとう」って言って笑った。…リンゴの欠片が口元に付いてるのは黙っておくか。

そして、俺は組んだ腕をそのまま上に伸ばす。

「っくあ。さて、そろそろ宿行くか。日も沈んできたしさ」

「もごっ…!んぐ、待って。りんごまだ全部食べてないです」

「歩きながら喰えば?」

「そっそーいうわけには…」

「いーんだよ。ほれ先行くぞー」

「まっ…待ってってば!」

急いで、食べかけのリンゴ片手に俺の後を追いかけてくる。そして、また細い道を通って商店街のメインストリートに出た。夕方になって人がさらに増えた道を並んで歩きながら、スフィアは溜息混じりに言った。

「…あたしってこれでも君より1歳年上なんだよね…」

「知るかっ。ぜんっぜんそんな感じしねぇよ」

「…泣きますよ」

「勘弁して下さい」

思わず敬語になった。…つーか、その脅迫は反則だろうがよ。



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