…重いんだよ。
「手伝おうか?」
「いいよ、しかも2人でどうやってこいつ運ぶんだ?担架があるわけでも無ぇし…畜生、デケェよこのバカ」
「そうだけど…でもなんか可哀想だなぁ…」
「いいんだよ、一方的にボコられてる方が悪い」
スフィアの提案を断って、俺はジャイナを背負って、というかズルズル引きずりながら歩く。
「しんどいぞぉ」
こんの大馬鹿もんが。
時間的には少し前。
俺とスフィアは別に特別な話をするでもなく、宿に帰る道を歩いていた。夕日はもうちょいで北の山に沈む。早く帰らないと例のハリガネが心配するだろうと思って、ちょっと早足で歩いた。
「人が多くなる前に帰らないと…こういうでかい街は、夜になりゃまた人が増えるんだ」
「あー…知ってます。そういう街、私行ったことあるし」
どーいう街か聞きたかったけど、なんとなく止めた。
「そっか。じゃあ急ごうぜ、ジンとジャイナはもう着いてるかもしんないし」
「そうですね。…あーあ、結局ロマリア食べ尽くし計画はおじゃんだぁ…」
「…何の計画立ててたんだよあんた?」
「…さ、この道真っ直ぐ行けば着きますよ〜」
口笛を吹きながら、多分秘密の計画で、口からポロリと出たんだろう「ロマリア食べ尽くし計画」を無かったことにしようとする。でも聞こえたものは仕方ない。
「…ジャイナに言おっかなぁ」
言うと、カキンって音が聞こえる勢いでスフィアは凍り付いた。…実直を絵に描いたような奴だ。
「言わねーよ」
「…ほっ」
で、宿の食堂。ジンは窓際の席でなんとなく居心地悪そうにテーブルに片肘を付いて座ってた。正座なんだけど。ま、そこはスルーしておく。
「帰ってねぇ?」
「うむ。あやつが言いだしたというのにのう…」
「おっかしいなぁ…ジャイナ君って、結構時間とか気にするタイプなのに」
確かに変だよな。
スフィアの言うこともそうだけど、こういう旅じゃ仲間との連携が一番大切だ。しかも時間厳守はあいつのモットーっつっても過言じゃねえ様な男なのに。
3人でテーブルを囲み、考えることしばし。外はもうかなり暗い。マジでどうしたんだあのバカは?
すると、不意にジンがそうじゃ、とテーブルを叩く。
「あやつ、最初に盗賊ギルドに向かうと言わなかったか?」
「あー、言ったな。それがどうした?」
「いや…」
口に手をやって、考え込む様な表情をする。
「あまり良い噂を聞かなかったものでの…ほれ、これを見ろ」
おもむろに袖から、黒の上品な鞘に収められたナイフを取り出すと、それを抜いてみせる。普通のナイフ…じゃないな。片刃しかないとこをみても、どうもこれはナイフって言うよりジンの持ってる「カタナ」に近い。
「…マジで買ったのかよ」
「うむ、結構な業物じゃと思ってのう。まぁかなり負けてもろうたが。懐剣じゃ。…おお、そんなことはどうでも良いんじゃ」
「あーそうだな。んで、その噂ってのは?」
「うむ。以前何も知らない旅人がそこにある情報を聞きに来たとき、どうなったと思う?」
そのジンの思わせぶりな言い方に嫌な予感がする。
「…もしかして、その情報っていうのは、…カンダタ?」
「正解」
スフィアの問いに、ジンはそう言って大いに頷く。
「で、有無を言わさずボッコボコとか」
「大正解じゃ」
俺の問いも、当たった。
「……」
俺とスフィアは、テーブルを見つめて押し黙った。俺の脳裏に、ブチ切れて魔法をぶっ放すジャイナの姿が浮かんでぞっとした。
「…もしかして」
スフィアが立ち上がり、行こうとするから引き留める。
「俺も行く。―――ジン、ちょっとあいつ心配だから行ってくる。酒でも頼んで待っててくれ」
放っておけばマジ死人が出るかもしんないし。
…この時点でスフィアとは動機が違っていたことには、あとで気付くことになる。
「ギルドの場所は?わかるのか」
「わかんねぇけど聞けばなんとかなんだろ」
「…おそらく出たとこの道をしばらく真っ直ぐ行って左手にある居酒屋「ボス」じゃ。歩いておったときに見たんじゃが、ジャイナが入っていったからの。大抵、こういうギルドなんかは本当の姿を隠すものじゃ」
聞いてもわからん場所にの、とジンは付け足した。
「…はいはい。わかったサンキュ」
「うむ。あ、そうじゃ。これもこの小刀を買った店で聞いたんじゃが」
「あん?」
「ギルドで私刑をされた人間は、いつも同じ所に捨てられておるそうじゃ」
「…どこだよ?」
そこにギルドの人間が捨てられているのを想像した俺は、本当に明日の王の謁見前に国外逃亡することを考えた。
「ボス」
「うわぁ…」
「「もうかってなさそー…」」
2人で錆び付いたブリキの看板を見上げながら、第一印象を言葉にしたら重なった。
…確かに良く考えたら妙な名前だ。
でもここもさっき通った道だし、あんま目に付かないことは確かだ。普通の旅人とかの客には普通に接するけど、同業者にはそれなりの対応をするってことか。
「…いるか?」
「ううん」
店の入口の辺りから中を見てみるけど、手前にはそれらしい奴はいないし、奥の方は暗くてよく見えない。
「…ま、中入ってみるか」
「うん。大丈夫かな、ジャイナ君」
戸を開けて入ると、中の人間が一斉にこちらを見る。そしてほとんどの奴が鼻で笑う。とりあえず全員にバカにされてるらしい。まぁ、別にいいんだけどさ。入ってきたのがこんなんだし。
「おいぼっちゃん!」
「なに?」
「デートでここはちょっと場違いじゃないかい?」
そこにいたヤツらがみんな今にも吹き出しそうな顔して、こっちを向く。
「ちっ違…!」
「いいから」
スフィアが顔を真っ赤にして否定しようとするけど、俺はそう言ってスフィアの手を引いてカウンターの空席に向かう。
「おっと、熱いじゃないのぉ帯刀少年?それにしてもその剣はママが寸法間違えたのかな〜?」
手前の円卓に座ってる男が言ったので、周りの奴らが一斉にでかい声で笑い声を上げる。…一応冷静にしとくか。こういう手合いは相手にしてるとキリがない。初めて来た土地でいざこざ起こす気はあまりしない。
無視して席に着こうとすると、
「あ〜待て待て。ここぁ俺の連れが来るんだよ」
仕方ないから奥の方にまだ空いてる席を見つけて座ろうとすると、また同じ様な理由で「丁重に」、断られた。
「カーム君」
「…まぁ、しゃーねぇよ」
俺はそう言って、さっき断られて座れなかった席に座った。スフィアは驚いたようにしてたけど、手招きすると素直に座った。
「おいおい、だからそこは」
「あー、あんたの連れが来るまででいいよ。ところで俺の連れを探してんだけど」
「そいつは犬か何かかぁ?」
後ろのテーブルの奴が茶化して言う。上手くも何ともないのに、そこの円卓のヤツらは腹を抱えて笑う。
「ああ。テメェなんかよりは高いもん喰ってるぜ、最近の犬は」
後ろも見ないで言うと、空気が凍った。
知らない振りをして、バーデンの少し禿げたおっさんに俺は尋ねる。
「ところでおっさん、背の高ぇ変な黒いローブ着た奴見なかったか?ここに来てたはずなんだけどさ」
すると、後ろの方で何かが動く音がする。
「おい、そんなこたぁ」
「どーでもいいんだろうな」
一息で背中の剣を抜いて、首に突きつけて言った。
「黙ってろ酒ッ腹、テメェそれでも盗賊か?」
「お…あ」
一気に店の空気が変わる。俺の言葉で、たった今ここは「ギルド」になった。
俺は座り直して剣を鞘に戻しながら、
「んで、知らないか」
すると、バーデンのオヤジは周りを見回して、知らない、見たこともない。間違いじゃないか、なんて予想通りの台詞を言ってくれた。
…なるほどね。あいつらしいっちゃあいつらしい、か。
「スフィア」
「何?」
「行こう」
「え?でっでも―――」
俺はまたいいから、と言って、席を立った。
「待て」
振り返ると、さっきの奴がこっちを睨み付けてる。
「待てよガキ2匹」
言って、ゆっくりこちらに歩いてくる。スフィアを見ると、もうほとんどうんざりしてて、小声でどうするの?って聞いてきた。知るか。俺が聞きたい。
「何?急いでるんだけど」
「知るかよ…テメェは、ああ?何か?俺に無礼な態度をするためだけにこの店に来たのか?」
ふっかけてきたのはどっちだよ。
「それとも?そんなに剣を持ってるのがうれしいのか?」
だから、テメェが勝手に切れたんだろうが。
「黙ってないで何とか言えよクソガキがよぉ!」
…うんざりだ。
「あの「あなたは何がしたいの?」」
俺の言葉を遮って、スフィアが強い口調で言った。さっきまでほとんど何を言うでもなく黙っていたヤツの言葉に、その男はちょっと驚いたみたいだった。でもすぐ余裕の表情になって、肩越しに仲間っぽい、これまた小汚いオヤジどもに笑いかけた。
「お嬢ちゃんは黙ってな。君のお兄ちゃんがすっごくバカだから、おじさんがちょっとおしおきしてあげようと思ってるだけなんだよ」
猫撫で声でそいつは言う。周りはまた下品な笑いに包まれる。
…「お兄ちゃん」、か。……地雷踏んだな、おっさん。
「天に召しますお父様お母様…」
スフィアは両手を合わせて祈り始める。
「あーあ、知らないよおっさん」
「ああ?」
そう言って男が肩をすくめると、隣にいたはずのスフィアは一瞬でそいつの目の前に走り寄っていた。
男はたじろぐ。そいつと目線を合わせて、スフィアは怖いくらい静かに言う。
「僧侶スフィアが粗なる力を振るうのを、どうかお許し下さい」
直後、スフィアの右のローキックが見事に入る。崩れ落ちた男のアゴに肘打ちを入れて、不自然に仰け反った男の頭を掴むと、…うわあ。
「あたしは、」
そのまま目一杯振りかぶって、最後に男の両足を素早く払うと、
「やっやめ「あの人より年上なんですッ!!」」
力一杯後頭部を床に叩き付けた。
「うへっ…」
…こいつをなるべく怒らせないようにしようって固く誓う。そのままの体勢でふーふー言ってるスフィアの手を引いて一気に戸を開いて逃げた。
裏道らしき細い道を息を切らして走る。
「せっかく俺が丸く収めようと…」
「だったら、止めて、下さい!」
「無駄だったろどーせ」
すると、うっと言ってスフィアは難しい顔をする。
「良いよ別に、俺ももうちょいで斬りかかりそうだったし。そろそろ…かな?」
「ジンさんの、言ってた、とこ?」
「ん、裏通りの『メアリー』って居酒屋だ」
「そう、でした、ね…はぁ…ねぇ!?」
「何〜?」
「もう走らなくって、いいんじゃ、ない?」
それもそうか。スピードを落として、後ろを振り返る。誰も居ない。ギルドの人間はその光景を見て唖然として立ち尽くしてたし、それで大分遅れたんだから多分追いかけては来てないだろ。横を見ると、スフィアが膝に手をついてぜーぜー息をしている。
「も…無理…」
「大丈夫、着いたから」
「?」
ちょうど目の前には、さっきの「ボス」よかはまだマシな、木で出来た小さな看板が掛かった店があった。ジンの話では、この隣の細い脇道―――これか―――に、いつも半殺しで捨てられてるって話だったらしい。そこを奥に進むと、
…マジか。
大の字で、ジャイナが倒れてた。
暗くてよく見えないけど、顔は酷い。言い過ぎかも知れないけど、元のカタチ忘れそうなくらい殴られてる。目の辺りは切れて、バカみたいに腫れてた。
「ジャイナ!」
呼んでも反応がない。
「おい!こら!何寝てやがる!」
俺の声を聞いて、スフィアがやってくる。はっと息を飲むのが聞こえた。
「ひどい…」
「ったく」
舌打ちして、俺はジャイナに跨った。マウント、ってやつだ。
「カーム君?」
俺は息を吸って、
「起きやがれこの天パー!!!」
「がふっ!?」
びくん、とジャイナの体が波打つ。
「ちょっ…え!?うそ!?」
スフィアがめちゃくちゃ混乱してるけど、まあいい。
「おーい、意識戻ったか」
すると、プルプル震えながら、ジャイナはか細い声で言う。
「…逆にトぶって、普通は」
「普通じゃねーだろ、お前は」
「…ま、ね」
安心して俺は1つ溜息を吐く。そのままジャイナの横に座って、
「立てるか?」
「無理」
「じゃあ俺が連れて帰る。…つかなんで手ぇ出さなかったんだ?」
聞くと、口元をつり上げて、多分笑ったんだろ、言う。
「僕が手ぇ上げてたらあの店無くなっちゃうよ」
「キザヤロー」
「…うっせ」
そして俺は「ゆっくりして」って言うジャイナを無視して、一気に背中に担いだ。本当に痛かったらしく、聞いてるこっちがキツいような呻き声を上げた。俺はその体勢のまま、呪文を唱える。
「霧の谷 人は歩を止め地に還る…寝てろ。ラリホー」
すると、背中のもじゃっ毛は、寝息を立て始める。…無茶しやがって、このアホは。
「さ、行くよスフィア」
「わかんない」
ぽつりとスフィアが呟く。
「あん?」
「カーム君って優しいのか怖いのか全然わかんない」
…はっは。
「どういう意味だこら」
「べーつにー。さ、行きましょー」
スフィアの言いたいことが分かるようなわかんねーような。まぁ深く考えても仕方がないから、とりあえず俺は深い寝息を立てるジャイナを背負い直した。
そして、今。「ボス」の前は通らないように、裏道から宿への道を辿って、行きより遠回りして大体30分くらいかけて帰ってきた。…俺はもうへとへとだ。宿のロビーで、カウンターの男がものすごくびっくりして、奥の方から包帯を出してきてくれた。とりあえず礼を言って、階段を上がって部屋に入る。
「っっっだぁ―――!疲れたぁ…」
ジャイナを床に置き、思いっきり伸びをする。背中が痛くて仕方ない。ジンは驚いてるみたいだったけど、別に何も言うでもなく、傷だらけで眠ってるジャイナを見ていた。
「ありがと、カーム君。…よし、やるよ」
そういうと、スフィアはジャイナの横に座ると、両手を前に出し目を閉じる。
「ベホイミ」
青い光がジャイナを包む。目立ってた外傷は、嘘みたいに消えた。こびり付いた血が残ってるだけで、顔の腫れも、腕のアザも、もうほとんど治ってる。まだ治っていない大きな切り傷なんかにスフィアはさっきの包帯をてきぱきと巻いていく。どうも骨は折れてなかったらしくて、すぐ治るってスフィアは言った。
つか。
「お前…詠唱は?」
「え…別に、無くても大丈夫ですけど…」
無意識か?ってことは…すごいことだ。
「天才、じゃな」
ジンがぼそっと言う。不思議そうに首を捻って、違いますよーと言ってスフィアはジャイナの腕に包帯を巻いた。
2,3時間後。ジンとジャイナは下の階の食堂でメシ。今は俺がベッドで寝てるジャイナを見張ることになってる。
「ん…」
「起きたか」
「ああ」
「やめとけ、まだ全部治ってねぇから」
無理に起きようとするから、そう言って押し戻した。
「…歯が治ってる」
「ん?」
「いや、こっちの話」
「?…まぁいいけど。どうだ調子は」
「上々だよ。…全く、あそこまでやられると思ってなかったから」
頭を掻きながら、照れるように笑う。
「ったく、その根性はどっから来るんだ?」
「宇宙?」
「わけわかんねー」
「だろーね」
そのまま、2人で声を上げて笑った。
「そういや、ギルドでわかったことが3つあるんだけど?」
ジャイナはこっちを向いてにやっと笑う。
「ああ、その辺の記憶はあるんな。何だよ、カンダタの情報?」
「ああ、まぁ聞いてよ。まず2つは、あそこの盗賊はクズだってことと、ロマリア王はそんなクズにも慕われてるってこと」
「…へぇ?」
「バーデンにこっそり聞けたんだ。盗賊ギルドなんてものどの国からも嫌がられてさ、それで困ってたところを今の王が匿ったんだと」
「なるほどね…。で、3つ目は?」
「3つ目は、カンダタがしたあることによってその盗賊ギルドの連中がめちゃくちゃ怒ってるってことだ」
「あること?」
すると、ジャイナは笑い顔から少し真剣な顔になって言う。
「王の冠―――王の権威の象徴が盗み出された。まだ王の近衛とかとギルドの連中しか知らないらしい。んで、それがどうもカンダタの仕業だって言われてんだ」
…初耳。てか、その王はアホか?
「なんでそんな大切なもん盗まれてんだよ…それは、いつのこと?」
「丁度4日前さ。前から汚い手口を使うもんだからギルドに嫌われてたカンダタは、哀れにも今度こそ完璧にギルドから追放された。…エリーも、な」
「そうか…待てよ、ってことは」
その事件は4日前、だよな?…まさか。
「ああ。カンダタは、まだ近くのアジトにいる可能性が高い」
ジャイナは、はっきりとそう言った。
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