「というわけでじゃ!」
説教もクライマックスだ。カームと師匠のジジイには何故か友情の様な感情が芽生えてるに違いない。明らかにさっきまでと目が違うしなこいつら。
「んー…大体、1時間弱は同じ話だった気がするんだけど」
「む?合計で言うと3時間はこんな感じじゃぞ。あ、握手しよった」
「なんか見つめ合って語ってるんですけど…両手で硬く握手したまま。どうします?」
「どうすると言ってものう…のう?」
「うん…どうするったってねぇ…ねぇ?」
「…どうしたんですか2人とも」
「「勇者の今後が心配で」」
「ね」
「のう」
スフィアも苦笑いして、何か熱烈に視線を交わす2人を眺めた。
「よいな、いつでも会いに来るんじゃぞ、良いな!」
「おう、待ってろよじっちゃん!俺、いつでも来るよ!」
「カーム!」
「じっちゃん!」
…割愛。
「王の友人?」
「ああ、王の狸ジジイがあんたなら力を貸してくれるって言ってたんだ」
というわけで、まあいろいろあったけどなんとか話を戻すことに成功した。目の色も正常になったカームが師匠に聞くと、ふむ、と考えてから口を開いた。
「いかにも、王とは友の契りを13年前に交わしておるな。そうか…そうじゃな、カームも、そして我が弟子ジャイナも旅立ちか…」
目を閉じて満足げに微笑む。
どうやら話によると師匠はダーマでの仕事が休暇になると、カームの魔術と旅の基礎知識の先生をしていたらしく。
あ、そか。歩いているときにカームがいってた「おっそろしいジジイ」っていうのは師匠のことだったのか。僕の時ほどとはいかないけど、まぁ鬼だったとかいう話だ。んで5年前まで基礎の訓練をしてたけど、それからはカームも王と毎日のように訓練が入り、師匠と「触れあう」時間は無くなったらしい。で、二年前の冬…だったっけ、僕がダーマに来てからというもの、その鬱憤を晴らすようにしごき倒したんだよね、きっと…。
「厳しかったよねぇ…師匠」
「ったりまえじゃ。お前が魔力欠乏で死ぬ寸前で止めるのに関しては儂はプロじゃぞ♪」
カームが青ざめてこちらを見る。「マジで?」と口が動くのが見えた。
「ホント…何回痙攣したかわかんない」
「まっまあそれよかさ、じいさん、あんた何か協力してくれんのか?このままじゃ俺たち先に進めねぇんだ」
「ふむ…そうか」
すると師匠はしばし待て、とか言って二階に上がっていった。
「そう言えば、なんでお店とここは別にしてあるんですか?」
スフィアが聞くと、スージーさんも苦笑いしつつ言う。
「あ、あーそれね。ここ、あの人の研究ラボになってんの」
「研究ラボ?こんな立派な家がかよ?」
「そーなのよ。ご飯もあの人お店で食べて、ここに戻っては夜遅くまで研究してさ…で、あたしはずっと店で生活してるってわけ」
「へー…じゃああのじいさんはここでいっつも1人で生活してるってことか」
「確かに結婚してるって実感はあんまり湧かないわねぇ」
スージーさんも苦笑する。まぁ部屋見ればわかるな。
必要最低限の家具、大きな本棚。研究機材がそこここに散らばって、確かに生活感の無い部屋。2人とも歳は60代後半みたいだけど、よくここまで続いたもんだよ。
「ふふふ。…あ、そう言えば何か作ってたみたいだけど、どうも最近完成したとか言って喜んでたわねぇ」
完成?何が。
「って言うと?」
「魔法のなんちゃらとか…よくわかんないわ。それよりそうよ、あんたたち!商人のキャラバンなんて大嘘こいて!」
「あ、あーそれはその…」
僕も流石に口ごもった。だって師匠の奥さんなんて思いもしないじゃないか普通。だけどスージーさんはあっさりと笑って言う。
「ま、気持ちは分かるから、気にしないで良いわ。でもこれからはそういうのは無しだからね君達っ!」
…僕とスフィアは不意に背中を叩かれてちょっとむせた。
しばらくして、大きな羊皮紙を持って師匠が降りてきた。見覚えがある。あれは…
「世界地図だな」
「知ってるの?」
僕が驚いて聞くと、カームも「授業で使った」と笑った。僕の時も修行中に世界を知る意味でも使ったから良く覚えている。かなり黄ばんだ、でも相当事細かで、どんな測量をすればこんな正確な地図が出来るのか分からない地図。師匠は神の遺産を賢者マルクが書き写したとか言ってたかな。
「みんなこっちにおいで。説明をしてあげよう」
比較的物が置かれていない机―――紫の液体の入ったヤバい三角フラスコがあるけど―――に通される。師匠はそこに地図を置き、羽ペンで現在地を示した。
「ここがアリアハン大陸。儂らの現在地じゃ。わかるな?ほんで、ここレーベよりこのなだらかな山岳地帯を抜け、さらに歩いたところにある森…そこに、アリアハンを出る鍵がある。君らは何処に行くんだったかね」
「ロマリア。エリーの手がかりがあるかもしれないし」
僕が言うと、何故か感心したみたいに師匠は大きく頷いた。
「おお、そうか。ふむ…そうだったんじゃな。実におもしろいのう…」
「面白いって…何がだよ?」
カームが不思議そうに聞くと師匠は微笑みながら言った。
「良いかカームよ。ここにある洞窟を進むとな、旅の扉がある。なんとこれは、ここ。分かるか?そう、ロマリア半島と直通しているんじゃよ」
一瞬、言葉に詰まった。
「マジかよ…!おい、ジャイナ!」
「あっ、ああ、これでかなり楽になるよ!」
「しかしじゃ」
そこで、師匠に遮られる。
「なにか問題でもあるんですか?」
「そうじゃよ、大問題じゃ。この洞窟、実を言うと数十年前に旅の扉の速さを利用して、検問を抜けて密輸をする者が多発するもんじゃから儂が封印してしもうたんじゃ」
「んなっ!?じっちゃん、どーすんだよそれ?!」
「ふむ…魔法の壁を作って塞いでしまったからのう、自分の術でしか解除出来ないんじゃが、儂がこの山道歩くにはちとつらいのう」
「それは剣では切れぬものなのか?」
「おお、あんたはジパングの剣士か」
「なぜわかるんじゃ?」
「話し方もそうじゃがそんな剣はジパング人しか持ってないしな。見た感じ力量はかなりのものとお見受けするが…ふむ、無理じゃな。儂オリジナルの特別な呪文じゃから」
「しかし、それではどうすれば良いか…」
ジンが壁にもたれて考え込む。
ホントにこれじゃあ進めない…キメラの翼なんて便利な物、今の世の中にはほぼ流通してないし…どうしたらいいんだろ。
「案ずるな。何のための研究ラボじゃ」
一同キョトンとして師匠を見る。
「あるんじゃよ、方法が」
師匠はどこからか、掌に収まるほどの青く輝く玉――魔法の玉っていうらしい――をとりだした。
スフィアが見とれて呟く。
「きれい…」
「ほっほ。木や湖、大地なんかの霊力を少しずつ分けて貰ってな、結晶化したものじゃ。スフィアよ、そなたは僧侶じゃったの?何か感じんか」
「はい。何か…暖かい感じがします」
そんな感じ、別にしないんだけど…すると師匠は満面の笑みでスフィアに言う。
「ふぉっふぉ!やはり、天性の僧侶気質じゃな。ダーマにいたときから噂は聞いておったが気を感じるのが実に上手いわい」
…こいつ、やっぱダーマでも有名だったんだ…そんなこと鼻に掛けたような素振り一切見せてなかったのに。まぁそんなヤツならここまで連れてきてないか。
「まぁそんな話はええんじゃよ。ほれ、持って行けい。きっと壁を消滅させられるはずじゃ」
「ああ、あんがとじっちゃん!」
「ほっほ、ついでに言うとロマリアの街は楽しいからのう、遊びすぎないように気を付けるんじゃぞ」
「こらこらあんた、遊びに行くんじゃないんだから」
スージーさんも何故かちょっと嬉しそうに言う。
よーし。
「準備・万端!ってやつか?」
「そうだね」
何だかうきうきしてるカームに僕も笑って返す。なんか…知らない土地に行くのってやっぱその…ドキドキする。
「さて、と。もう夕方じゃの。宿はもう取っておるのか?」
「ああ、まあ一応」
「そうか…じゃあ妻の店で食事などどうかの?どうせメシは出さんしの、ここらの宿は」
「だったら嬉しいけど…悪いですよ、やっぱり」
スフィアは言うけど、スージーさんはにっこり笑って言う。
「ダイジョブ!あんたらに手伝って貰えればいくらでも食わせてやるさね!」
「マジ!?俺もうじっちゃんの説教で腹減って仕方ねぇんだ!なースフィア、そういうことだったらいいじゃん」
「うーん…ご迷惑でなければ、お願い出来ますか?」
「もちろん、その代わり働いて貰うからね〜!」
「儂は薪割りがいいのう」
「こらジンずるい!お前は料理出来るんだから厨房だ!」
「そお言うジャイナ君はどうするの?」
「…庭の草挽きでもするよ♪」
「…お主も変わらんじゃないか」
「はっは」
「行ってからジャンケンで決めたらいいだろ…」
うんざりしたみたいにカームが呟く。
「あ、そか。じゃあ行こー」
「おー」
嬉しそうに右手を挙げる。なんだ、スフィアも結構乗り気なんじゃん。
狭い部屋に、四人が揃う。口火を切ったのはカームだった。
「さて、これからのことなんだけど」
意外とマジメそうに言うので僕も真面目に返そうとする、けど。
「ああ、まずはこの洞窟…『誘いの洞窟』って言ってたっけ、そこに行くよってスフィアおい寝るな」
「ふぇ」
「こらこら、食べたら眠くなるのはお子様の証拠だよ」
「んー…」
「まあまあ、良いではないか」
「どこの悪代官のつもりだジン」
「はっは」
「誤魔化すなって」
…会議が進まない。
そんなこんなで食事を終えた僕たちは、スージーさん達にさよならを言って来たとき取っていた宿に戻っていた。んで男部屋に集合して、これからの進み方を考えてる。男部屋は3人で女部屋はスフィア1人。スフィアは分けなくて良いって言ったけどそれもどうかと思って分けたんだけど。
カームは師匠から貰ってた世界地図を放り投げて、いやホントはそんなことしたら罰当たるんだけど、言った。
「まーまー、どうせ行き先はロマリアってもう決まってるんだ、いいじゃねえか細かいことはよ」
「そーいうもんなの?」
「そーいうもんだよ。お前船旅の時そんな考えて行き先決めてたか?」
「当たり前じゃん」
そーなの?って顔をしてきょとんとする。しばき倒してやろうかとか思うけど止めた。
「まぁ…ロマリアに着いてからまた考えればいいじゃないですか、何とかなりますよ!」
「こら、眠いからって会議を終わらせにかかるなってもう寝てるっ!?」
その言葉が寝言だったんじゃないかと思うほどの早さでスフィアは寝てた。アホか。
「もう…いやだ。帰る、ポルトガ帰るー」
嘘泣きして情を…って男だらけじゃん。意味無いってか。
「まぁまぁ。とにかく明日朝イチでロマリアに向けて出発ってことで。OK?」
「うむ。わかった」
「あーあ、カームに纏められちゃったよ」
「うっさいこのハリガネ」
「なんだとイタチ小僧」
すると、微妙な顔をしてジンが呟く。
「はっは、儂ももう眠いんじゃが」
「…はーい」
この人、怒らせたら怖いかもしんない。
宿の前の街路樹。そこに、師匠と僕は並んで立っていた。みんなは宿の部屋で寝息を立てて寝てる。あ、ジンには気付かれたみたいだけど黙認されたんだっけ。まあ置いておいて。
食事の時、後でそちらに行くと師匠に言われてた。
月の光がちょっと眩しい。そんな中、師匠は僕に語りかける。
「往くのか」
ただ、それ一言。
「…ああ」
街路樹にもたれかかって、僕も短くそう返した。
「ギターは、まだお前の懐にあるか」
「……うん」
「そうか」
そう言って、しばらく僕らの中に沈黙が流れた。
「ねぇ師匠」
今度は僕が訊く番だ。
「僕らは世界を救える?」
するといつになく厳しい顔で、師匠は言った。
「ふん」
「ねぇ、どうなの?師匠まだ何もそれについては言って無いじゃないか」
すると、月を見上げて眩しそうに目を細めて言う。
「救いたいか?この世界を」
…そう聞かれると…どうなんだろね。
「…よくわかんないんだ、これが」
巷で横行してる犯罪。それは、人間が起こすもの。魔物のせいで心が荒れた、とか言い訳に過ぎない。こんな穏やかな街が盗賊団に襲われたりすることがポルトガでもよくあった。実際エリーもそういうヤツらに利用されて。僕はどうしてもそういうヤツらを許したくないし。でもカンケー無い人たちも…助けてあげたい、出来ることなら。
でもやっぱり…はっきりしないんだ。
すると、目線を合わすことなく師匠は呟いた。
「それでよい。それでこそ2年間しごいてきた意味があるというもんじゃ。もし何も考えずお前が「救いたい」と言っておったら即刻ダーマに強制送還しておったわ」
ふっと、師匠は笑った。
「答えはお前の心で決めろ。その結果が、お前の道になる。今は勇者の歩むまま、その道に付いていくがよい。その導が尽きれば、また儂を尋ねるがよいわ」
「…ありがとうございます」
「風邪を引くんじゃないぞ」
「はい」
まぁ…行けばわかるってことなんだろうか。僕はそれ以上何も言わずにその場を後にした。
ジャイナが去った、その後。
「王よ」
「何かね」
聞き慣れた声が、私の耳に届いた。気配ならさっきから分かっている。可笑しくなって笑いつつ、私は彼に向かって言葉を投げた。
「あの子らは…往くべくして往く者なのかのう」
「はは、それはあの子達が決めるさ」
…どうも、私と考えは違わぬらしい。
「そうか。して王よ、公務を放り出してこんなところに来ていても良いのか?」
「良いのだ」
「親バカだのう…」
「うるさいわいこのハゲ親父」
「誰にそんな口聞いとんじゃ!」
王と軽口を交わしつつ、また空を見上げた。
僅かに欠けた月。しかし、それだけがこの街を照らしていた。
どうか、これがあの子らに希望の光として降り注ぐよう、私達は静かに祈った。
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