ナジミの塔から来たとか言うおじさんは、青いローブを羽織っていた。それは上級魔法使いの証だとか何だとか、ダーマで教わったことがある。てことは、だ。
このにこにこしてる、どう見ても花の水やりが趣味くらいにしか見えないおっさんが、少なくとも僕以上の魔法の使い手って事になるんだけど…
「とっても不服…」
「なっ何だい!?突然そんな…」
「あんたが僕より強いなんて思えないしー」
するとおじさんはなるほど、という表情をする。
「ははは、まあ無理無いかもね。でも、君もダーマにいたのなら分かると思うのだが…ダーマには四賢者像があるだろう?」
「ああ、あったねそんなもん」
四賢者像って言うのは厳ついツラのジジイ共が像になって立ってるような、簡単に言えばそんな像なんだが、どれもこれも1千年以上前の、神話一歩手前の人物だ。
確か名前は、アルフレイ家の先祖だっていつもうちのオヤジが信仰してたディーヴァーに、他はマルク、アリウス、後…えっと、良く思い出せないぞ。何て名前だったっけ。
思案してたら、そのおっさんから答えを聞けた。
「私は四賢者の1人、ガリウスだ。アリウスとは兄弟でね、彼が兄で私は弟なんだ」
「…はぁ?」
…おかしいだろ、頭。
や、名前はあってるけど、言ってることがとんでもない。
「…はぁ?」
もう一度、間抜けなツラで僕が言っても、おじさんは笑うだけだった。
さっきから言ってるけどさあ。
だから四賢者っていうのは千年以上前の人物で、実在さえ危ぶまれるような人たちで、まず人間なんだからそんな千年以上も生きてられる訳なんて絶対無くて、つかなんであんなぼろっちい塔にそんな神様みたいな人間が居たりするんだ説明してよ。
「信じられないんだけど」
一言、僕は頭を抱えつつそう言った。
すると、ガリウスと名乗るおじさんはまた笑う。
「ははっ、それはまあ仕方ない。君はまだ若いから、そこまで目を遣ることが出来ないんだ。でも大丈夫、もっともっと修行を積んだら相手の強さが自分を遙かに超えるものだと知ることが出来るよ」
…なんかおもいっきり下に見られてるってことなんだろうか、これって。
へぇ。僕を遙かに超えたもの、か。
ふぅん。
「……証明、出来るの?」
「ん?」
良く分からないとでも言いたげに、その人は首を傾げる。
「だから、僕より強いってことが」
「あ、ああなんだ、そういうことか!」
そして、それがまるで当たり前のことのように一言、
「出来るよ、私は君よりも遙かに強いってことを」
ガリウスが微笑んだと思った次の瞬間、僕の体は宙に浮いた。
「…!!」
しかも体が…動かない!?
違う、動かないんじゃなくて動かせないんだ。空気は肌寒いのに、冷や汗が背筋を伝う気がした。こんな魔法、魔術書の何処にも書いてなかったはずだ。
「バシルーラの応用でね」
得意げに続ける。
「既存の魔法を応用して別の効果を発揮させるのがどれほど高等な技術かは君なら知っているだろう、ジャイナ・アルフレイ。失われし賢者ディーヴァーの血族よ」
…全くもって何なんだ、このオヤジは…なんで…
「何で俺の名前知ってるあげくその祖先がそいつだってことまでわかってんだ!どこぞの諜報員なんじゃないの?!」
「あはは、スパイなんかではない、歴とした夢見の預言者だよ。不老不死の力を持った、ね」
「分かったから降ろしてよもう!」
「信じたかね?」
「あーもうわかった信じるから!ガリウス殿、どうか降ろして下さいませっ!!」
…畜生、ホントむかつくなあ。こんなに僕が頑張ってるのに眠りこけているメンバーにも。
「大丈夫、私が眠らせているだけだ。君が怒ることもない」
「頭の中の考え読むな!」
「…もうちょっと高度上げても良いんだがね」
「すみませんガリウス様」
…ぐあああああ。
「で、その四賢者の1人が僕に何の用なの」
僕は僅かに、いや盛大にきつめに言った。案の定ガリウスは苦笑する。
「やだなあ、そんな怒らないで。リラックスしてて良いんだよ」
あんたがさせてくんないんじゃん…。
四賢者の前に座るなんて、ダーマの神官長でも石になるって。
とにかく、そんな僕を無視してガリウスは本題に移る。
「単刀直入に言おう。バラモスは、すでにテドンを滅ぼした」
「…何だって?」
あそこには2年前の航海で寄ったことがある。2つの大きな川を割くように出来た岬にある結構大きな集落だったはずだ。
僕たちが束になっても負けそうなごつい戦士も沢山見た。ネクロゴンド防備の最前線だって聞いたことある。
で。
僕は自分でも無意識に、声を荒げた。
「テドンには僕の友達も居るんだぞ!航海の時に知り合った子だ!最近まで手紙の遣り取りもしてて…!」
ガリウスはつらそうな顔で俯いて首を横に振った。
「ダメだ。バラモスが直々に出撃し、屈強な戦士の集団はもちろん、女子供まで皆殺しだった。半日で全てが終わってしまっていたそうだ…」
「そんな…じゃあなんであんたはそれを助けてやらなかったんだ!あんた四賢者の1人なんだろう!?」
そんな強いのになんで助けなかったんだ…!
だけど、ガリウスはその白髪頭を右手で抱え、ゆっくりと呟いた。
「ああ、だが知らせを聞きつけて行ったときにはもう遅かったんだ。全ては終わっていた。それに私のような強すぎる力を持ったものは、どっちみち世界に歪みを与えてしまう可能性もある。だからどうしても動くことが出来なかったんだ」
そして、噛み殺したように言う。
「大好きな人間達が魔物達に殺されていく様を指をくわえて見送るしかないんだ、私は。皮肉なものだ、強すぎる力は逆に世界を傷つける…」
ガリウスはきっと顔を上げて、その容姿に似合わない強い眼差しで僕を見た。
「だから君達の力が必要なんだよ。そう、勇者の力がどうしても必要なんだ」
…でもさ。
自分たちじゃどうしようもないから僕たちに押しつけようって事じゃないの?それって。つまりは他の弱い人間達と同じじゃないか、賢者だろうがなんだろうが。
あー、ちょっと頭が冷えてきた。うん。
テドンの友達には、そこに訪れてからまた冥福を祈ろう、あいつにはテドンに寄ったとき世話になったし。
でも今は出発直後。
悲しんでる暇は無いはずだ。カームにも今はこのことは伏せておこう。
あそこの人たちは目先にバラモスの居城が見えるような場所にいても、いつも明るく快活だった。僕たちはその人たちの暖かさにずいぶん救われたもんだ。
ぐっと抑えて僕は聞いた。
「それはいいんだけどさ、言いたいことはそれだけ?」
驚いて、むしろ愕然としてガリウスは目を丸くした。
「そっそれだけとは…君は何とも思っていないのかい!?」
「別に。でも感傷に浸ってても仕方ないでしょうに、それも四賢者なんて言われてるお方が。これからどうするかが大事でしょ」
「しかし…君の友も死んだのではないのか!現に先程取り乱していたじゃないか!?」
「あー、そうだね。でもよく考えたらそんな感情に時間使ってる暇なんて無かったみたいだったからな、テドンの人たちって。だから僕もそんなのは止めにすることにした」
ガリウスは苦笑いをしつつ、「参ったよ」と呟いた。
「君には考えさせられるな。ならこちらも話を変えようか」
そして、思いついたようにそうだ、と手をぽん、と叩いた。
「エリー・バイオレッドを探しているんじゃなかったか?数日前にいなくなったっていう」
「何か知ってるのか?」
「ああ、私の所へ来て、これを渡していった」
ガリウスが取り出したのは、無骨な鍵が輪っかに幾つも通されている、文字通り盗賊の盗み道具の一つだった。
盗み道具。
これって…やばいもんだよね?
普通の人が持ってたら間違いなく牢屋行きだよ!
「あいつこんな物騒なものもってたの!?」
ナジミの塔をエリーが知ってることがまず驚きなのに、そんなもん持ってるなんて知らなかったぞ…呆然と鍵を眺めている僕に、ガリウスが慌てて弁明する。
「いやいや、そいつはどうもバコタとかいう盗賊から奪い取った物らしくてな…もしかしたら役に立つかも知れないから君達に渡してやってくれと言われたんだよ」
はい、と渡されたのはその鍵と、二つに折りたたまれた小さな紙だった。「2人へ」って書いてある。
「エリー君から君達への手紙だ。大丈夫、私は読んでいないから、2人で読むと良い」
受け取った僕は取り敢えず礼を言った。
「そんで、あいつ何て?」
何か聞けるかも、と思ったがダメだった。これを渡すとさっさとキメラの翼で出て行ったらしい。
待てよ…キメラの翼?
「あれって魔法の素質が無いと使えないんじゃ?」
「何言ってるんだ、盗賊は魔法を使えるよ。レミラーマ…なんて聞いたことは無いかね」
「ある一定の霊力に反応するっていう胡散臭い呪文でしょ?一応読んだことはあるけど…あれって盗賊の魔法なんだね」
それなら目撃証言もなくエリーが出て行ったのも説明が付く。
「盗賊は流動的にアジトを変えるからな…ギルドはロマリアにあるからまずそこに寄って情報を集めてみたらどうかね」
「ありがとう、助かるよ」
「なあに、私も君達を見てると希望が持ててきた。なんとなく、君達は何かやってくれそうだ」
「何をやるかまでは夢見で見られないの?」
「そんなこと出来てしまっても、生きるのが面白くなくなるだろう?わかってても言わないさ」
四賢者の1人は、寂しそうに笑った。僕ももしそんな立場に居たら、やっぱりそんな顔をするんだろう。
一番バラモスを倒したいと思ってるのは、この疲れた顔の白髪のおじさんなんだろう。
「応援しているからね、無理しないで頑張ってくるんだよ」
「無理はするかもしれないけど…まあ頑張るよ」
僕がそう言うと、「そうだな」と苦笑いしつつガリウスはルーラをして消えた。ナジミに帰ったんだろ、多分。
星が満天の空に瞬いていた時間は終わって、いつの間にか山の向こうからうっすらと空が白んできてる。
手紙はカームが起きてからでもいいよね。
ポケットにしまい込んで、思いっきり空気を吸い込んだ。
「あ、ギター何処行ったんだろ」
探してみると案の定飛ばされたときに落ちたらしく、衝撃で糸がブチブチに切れていた。本体がなんとか無事なのが救いだけど…
「ガリウス…あのやろう!」
すっきりしてた気分は一気に吹っ飛んで、みんなが起きるまでギターの修理をする羽目になってしまった。
もう必要無いかと焚き火を崩して、その横にあぐらをかいて座り直す。
「…もう一杯」
「あんた夢の中でも飲むの?」
妙な寝言を言うスフィアに突っ込みを入れて、仕方なしに僕は換えの糸をとりだした。
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