「っ…くあ。見張り交替だぞジャぃぶっ!」
「遅い…!」
起き抜けに僕の半分本気の右ストレートをアゴに喰らったカームは、目を回してぶっ倒れた。そのままいつまでも寝てろこのクソバカ。
落ちて弦の切れたギターが直って気付いてみれば、もう向こうの山の方から明るくなり始めてた。最初の見張り当番からすれば2時間おきに交替なんだけど。
「何度起こしても起きないしさ」
「…ごめん」
ぶっ倒れたまま、なんとか状況がわかったらしいカームはぼそっと呟く。
このやろ、4時間の遅刻だ。
とうとう、日は昇ってしまった。
目の下のクマが、呆れるほどにできていた。
ガリウスあのやろう…!
魔法には加減ってものがいるだろ。
もう僕の眠気は、もったいなくもどっかに消えてしまっている。
てなわけで、僕は昨日水を汲みに来た川沿いにいるわけで。
「レーベまであとどんくらいなの?」
「う〜ん…大体歩いて2時間ってとこだな。ここまで来ればそんな遠くないはずだ」
僕が聞くと、カームは水筒の蓋を閉めながら答える。
「んでどうしたんだよ?水汲みなら1人でも出来んだろ」
「ん、ああ。これさ」
僕が一枚の紙切れを取り出して、そこに書かれた「2人へ」って文字を見てカームの顔が変わる。
「おっおいこれって!」
「しー。落ち着いて。ある人から貰ったものなんだけど、まだ何が書いてあるかは僕も見てないんだ」
「…誰?」
「ナジミの塔に住んでるっていうおじさんだよ。2日くらい前にエリーに手渡されたらしい。あと、これもね」
ポケットから取り出したのは、同じくガリウスに貰った盗賊の鍵。あきらかにそっち系―――犯罪道具系という意味だ―――な道具に、カームも半目になる。
「…何モンだよそのオヤジ」
「さあね。とにかくこれを読んでみよう」
白い二つ折りの紙を開くと、こう書かれてあった。
おっす。
「っておい!」
「待ってカーム。手紙の冒頭の言葉に突っ込んでちゃダメ」
「くっ…」
気を取り直して続きを。
まぁそんな訳でこんなことになっちゃった、私。
ジャイナどうしてる?元気でカームと一緒に旅してるのかな。
…急でゴメンね。
あの子達、どうしてた?道具屋でちゃんとお仕事してた?元気だった?…私がそんなこと言う権利無いよね。見捨てたんだ。自分の為に、あの子達と育ててた花。あのスミレも枯れちゃっただろうね。
私ね、盗賊ギルドから追放されたの。
僕とカームは、それから先を読んで…言葉を失った。
それがね、今一緒に行動してる盗賊達が…ヤバイ連中なの。私としたことがついていく仲間間違えたってわけ。今私の家でこの手紙書いてるけど、見つかったら本当にどうしようもないわ。お世話になってたおじさんに明日渡すけど、本当にあなた達にこれが渡ってることを祈ってる。こんな手紙でごめん。でも、いい?これから書くことは絶対守って。
それは、カンダタ一味には絶対に手を出さないこと。
もしそんな噂をどこかで耳にしても、絶対聞かなかったことにして先に行って。そのときは勇者なんて言葉忘れていいから。私のことも忘れて。約束守れないのは本当悔しいけど、でもそれがみんなのためなの。関わったら、あいつら何しでかすかわかんないわ。とにかくこれだけ。カーム、ジャイナ、私の代わりに世界を救ってね。さよなら。
マジかよ…。
読むんじゃなかった、こんな手紙。少なくとも僕たちは勇者一行だ。実力はあるんだろうと思う。でも、この手紙のことが真実だとすると…大変な事になる。
もしそいつらと戦って、負けたときのことは想像もしたくないけど、勝ったとして僕たちは……人を殺しかねない。
カームは、手紙を持ったまま河原に座り込んだ。
「…かよ」
呟く。何か言ったみたいだけど、僕には上手く聞き取れなかった。僕が首を捻ると、―――馬鹿みたいに笑い出した。
「…ははっ、あっはっはっはっは!!そんなことかよ!!」
「どっどーした!?気でも狂ったか!?」
腹を押さえて笑いながら、カームは手を横に振る。
「…はっは。違うって…あいつバカだなあと思ってさ」
「……は?」
バカだって?
命がけで僕たちのためにこんな手紙を書いてくれたんだぞ。カンダタ一味って言えば確かに名前を聞いただけでみんな震え上がるような凄腕の盗賊集団だ。どうせエリーの腕を聞きつけたカンダタに、無理矢理一味に連れ込まれたんだろう。
返答によっちゃ、カームだろうと許さない。
で、カームはさも当然のように言った。
「エリーは助けを待ってる。行こうぜ、カンダタのアジトへ」
…突拍子のない言葉に、僕はしばし掛ける言葉を忘れた。
すると、カームは頭の固いヤツだな、とうんざりしたように呟いて説明する。
「あのなー、いいか?なんでエリーはカンダタの名前を書いたと思ってる?」
「…そりゃ、ヤバイやつだからだろ」
「違うね」
自信たっぷりに即答。
「きっと、『こいつら倒して私を連れ戻して!』って書きたかったんだよ。そこがあいつひねくれてやがるから、こんなこと書いてるだけだ」
「そんなことわかってるさ!でも、相手は人間なんだぞ!?無闇に傷付けても良いのか!」
すると、ずいっとカームが下から僕を睨む。
「お前は、この俺がそんなクズに対策も無く突貫するとでも?」
「…じゃあ何なんだよ、どーするっての」
「戦わずして奪い去る」
「はぁ!?」
「だから、やりあわずに逃げるのだ。それに盗賊だろ、その辺には討伐して欲しいっつー人間も少なからずいるだろーよ。だから必要とあらば殺さずに引っ捕らえてボコボコにする」
…お前本当に勇者かよ。
「そんな勇者がこの世のどこにいるのさ」
「うん?目の前にいるのにお前は気付かねーっての?」
「んで、ミッション達成の可能性は」
「7割くらいかね。あと3割はボコるってことで。負けははっきり言って無い」
「…うへ」
神様どうしよう。
ウチの勇者、好き勝手やってるけど良いのかなあ…
ま、別にどーこー言う気も無いけどさ。一番エリーのことで傷ついて心配して、悩んでるのは多分、あの子供達を除けばこいつくらいなんだから。僕なんかより、ずっと。
「…まあそんなわけで、苦労したみたいだけど、これは却下っつーことで」
カームは、その手紙を小さなメラで燃やして捨てた。
「ホント…親の顔が見てみたいよ」
僕の声にも苦笑が混じる。誰がこんな単純勇者をこの世に遣わしたって話だ。そんな僕を無視して、カームはジンとスフィアの待つ場所へと駆けていった。僕も歩いて後を追おうとする。と―――、真後ろから声がした。
「隠し事はあんまり良くないのう」
「!」
びっくりして振り向くとそこには白装束のヒゲ面。
心臓に悪いよこのバカ…!背後に気配消して立つなっての!
「…聞いてたのか、ジン」
胸を押さえて聞くと、ひょうひょうと言う。
「カンダタとは、また面白い男に目をつけたもんじゃの、そのおなごも」
…はい、全部聞いてたってわけね。
「スフィアにも言った方が良いかな…」
「うむ。いずれすぐ仲間になるのじゃろう?」
…このパーティーの男には単純なヤツしか居ないって事がわかったね、これで。
今日、つか寝てないから昨日からカウントしても数十回を優に超える溜息を僕は吐く。
「じゃあ、力ずくでその子連れ戻したいんだけど、手伝ってくれる?」
「もちろんですっ!」
青い髪を弾ませて、スフィアがすぐそこの木の陰から出てきた。
かくんと肩が脱力した。うれしそうにしてんじゃないよ…もー、笑うしかないな、こりゃ。気ぃ遣って隠してた僕がバカみたいだ。
どいつもこいつも全く。
「なあ、僕ってバカなのかなぁ?」
「女の子のことなら相談乗りますけどっ?」
「…黙って、そこ」
…もうやだ。
頭を抱えて僕は、笑った。
間抜けな顔で僕らの帰りを待ってるカームを想像したからだ。
「お、そうじゃイノシシが捕れたんじゃった」
「そこも黙れ」
ジンの間抜けな言葉に、この先の旅に一抹の不安を感じつつ取り敢えず突っ込んだ。
こんな感じで僕はパーティの突っ込み担当になるんじゃなかろうか、というどうでもいい不安だったけど。
「あ、まだカームがいるや」
「ん?」
「んにゃ、こっちの話さ。急ごうか、そろそろ」
「あー、はいはい」
スフィアは小走りで森の方へ行く。
「ふぅ」
溜息がまた一つ増えた。
こんなんじゃレーベ着くまでに日が暮れるよまったく。
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